開けてはいけない扉








 いつものように、東方司令部のエントランスに入ると、しかし、そこはいつもの平和な光景とは全く違った物々しい様相が広がっていた。
 早い話、修羅場と化していた。
 二〇人程度の将兵が、ぐったりと床に座り込んだり寝そべったりしており、誰もが疲れ果てた顔をして、包帯を巻いたり切り傷を縫ったり、消毒薬を塗布したり、中には骨折の手当てを受けている者もいた。
 無論、誰もが血まみれ、泥まみれ。応急処置として貼り付けられた絆創膏すら汚れて地の色が判らないくらいの、酷い有様だった。
 唸るような、呻くような声がざわつく隙間を縫うように数人の衛生兵と常駐の軍医が忙しく渡り歩いており、さながら野戦病院のようだった。
 「いったい、何の騒ぎだ、こりゃ……」
 と、エドワードは目を見張った。
 「司令部が襲撃されたみたいな感じだね」
 エドワードの横に立つアルフォンスも驚いている。が、司令部の建物自体に損傷はなく、頭のおかしなテロリストがバカな真似をしたのではないということはすぐに判った。
 「どっちかってぇと、司令部の方が襲撃に行って、帰って来たところなんじゃねーの」
 そう言えば、人員の輸送に使ったらしい軍用トラックが何台も門の前に並んで停まっていた。攻撃を仕掛けに行ったはいいが、スマートに片付かず、負傷者多数という事態になってしまったらしい。
 「よう、大将」
 と、エドワードの存在に気付いたハボックが引っ掻き傷の痕も生々しい右頬を歪め、手を上げて二人を呼ぶ。その周囲にはブレダやファルマンもおり、言うまでもなく全員が擦り傷や打撲傷の手当てを受けていた。
 「何があったんだよ、このザマは」
 「テロリストの隠れ家があるぞって通報があってな、二個小隊で包囲したんだ。そしたら連中、かなりの武器を持ってやがって……」
 「メチャクチャ抵抗してくれたってわけか」
 「まぁ、そういうこった。ここにいる連中は自力で歩けるが、重傷者は軍の病院へ直行だ。死者が出なかったのが不思議なくらいだぜ」
 「テロリストの死亡もゼロか?」
 「いいや」
 平然とハボックはポケットから煙草を取り出し、雨の中でも消えないと太鼓判をされた軍用ライターで火をつけた。
 「四人を除いて全員死亡」
 ふーっと煙草の煙を吐き出すと、ハボックはにやりと笑いかけた。
 「文句があるか?」
 「いや」
 即座にエドワードは首を振った。相手が武器を持っており、問答無用で攻撃して来たというのなら、応戦するのは当然であるし、治安上の理由からも殲滅してしまうのもやむを得ない処置である。元より、テロリストと交渉はしない、見つけ次第殺害すべし、というのが軍の基本方針だった。
 「その四人ってのは、捕まえてあるのか」
 「逃げられたんだ」
 苦笑交じりにハボックが白状する。どさくさに紛れたのか、予め逃走経路を確保していたのかは判らないが、銃撃戦の最中に逃走されてしまったのだという。
 「応援を呼びに行っちまってたりして」
 「そうなんだ。だから、動ける奴はすぐさま捜索に加われって言われてる。ホント、人使い荒いよな。だが、まぁ、逃げた奴は下っ端ばっかだ。大したことはできねぇと思うがな」
 「最初から逃げる手筈になってたんじゃないのか。襲撃されることを予想して、協力グループとの連絡に走った、とか」
 「どうだかな。見たところ、新入りのグループだ。そんなに名前を知られてないし、さしたる実績もない。活動期間も短いから、協力してくれる者もいねぇだろうってのが上の見方だ。メンバーはどいつもお前と同じくらいの年の奴だったぜ。しかし、テロリストってのは、芽のうちに潰しておかなきゃな」
 「そっか」
 興味なさそうにエドワードは応えた。一〇代のテロリストは珍しくない。寧ろ、実行部隊の主力は一〇代後半の者が殆どである。早い者では一〇歳になるやならずやで銃を持たされ、兵隊として実戦に投入される。血の気の多い少年少女はいくらでも補充がきくため、供給には困らない。謂わば、消耗品だった。そのサヴァイバルを生き残った者がテログループの幹部として活動することになる。故に、二〇代以上のテロリストを矯正させるのは事実上、不可能と言われている。見つけ次第殺せというのは、ある意味、理に適っていた。
 「ところで、大佐は?」
 「執務室だ。用があるならさっさと行った方がいいぞ。今日の騒動の報告をお偉いさんに上げなくっちゃいけねぇからな」
 「判った」
 身を翻そうとしたエドワードに、ハボックが思い出したように付け足す。
 「だが、驚くなよ」
 「何を?」
 「行ってみりゃ判るさ」
 「……?」
 気にはなったが、負傷者の手当てを手伝うというアルフォンスを残し、エドワードは二階の執務室へと向かった。中は多少ざわついてはいたが、灰神楽が立つほどではない。
 ハボックの台詞は気にかかったが、エドワードはいつも通り、変わり映えのしない大仰なドアをノックした。










To be continued