BAD TRAN
はっとしたように、エドワードが顔を上げた。
「どうした?」
「ノックの音が聞こえなかったか」
「いいや」
平然と、ロイは首を振り、咄嗟に起き上がろうとしたエドワードを敷布の上に戻した。
「私には何も聞こえなかった。君の空耳だ」
が、しかし、ロイが確信を持ったように断定的な台詞を吐く時は、大抵何かを誤魔化している時なのだ、ということをエドワードはこれまでの付き合いで知っていた。
ということは、空耳ではなかったということである。
「誰か来たんじゃねーのか」
「誰も来ていない。今、何時だと思っている」
ヘッドボードの置き時計を見るまでもなく、蛍光塗料を塗られた長針はとっくに夜中過ぎを指している。常識的に考えれば、人の家を訪問する時間ではない。そもそも、緊急の用事があるなら、予め電話で先触れされるはずだった。いきなり「大佐」の自宅に押しかけて来るなど非常識である。
が、しかし、ロイにはそういう不躾な真似をする友人が、少なくとも一人いた。そして、その存在を、エドワードもよく知っている。友人というより、悪友だったが。
「気にするな」
と、ロイは頭に浮かんだ男の、調子のいい笑顔を打ち消すようにエドワードの肩口に口付け、行為の続きを促した。それでなくとも短い逢瀬である。余計なことで貴重な時間を潰したくはなかった。完璧に無視する気で、ロイは掬い上げていたエドワードの下肢を左右に押し広げた。
「ん……っ」
びくりとエドワードのまだ幼さを残した顎が軽く仰け反る。ほどかれてばらばらになった金髪が白い敷布に散って流れ、悩ましい限りだった。
その上に圧し掛かったロイは、しかし、再びエドワードが正気を取り戻したような目でこちらを見上げるのを見て、内心舌打ちした。
次の瞬間、どんどんと、紛れもない玄関のドアを乱暴に叩く音がした。同時に、忘れもしない野太い男の声が響き渡った。
「おーい、ロイ。ここ開けろよ、いるんだろ。いるのは判ってんだからな」
思わず顔を見合わせたロイとエドワードは、同じことを考えていた。
「やっぱ、来てるぜ」
「そのようだな」
声で確信した。やはり、こういう無体なことをする男は一人だけだった。
「すまない」
一言謝ると、ロイはゆっくりと身を起こした。
ずるり、とエドワードの中に入っていたものが抜き取られる。かなり奥まで挿入されていたそれは、インサートされた時と同じく薄い膣壁をきつく擦り上げ、思わずエドワードを呻かせた。まだどちらもイッていない。こんな形で中断されるのは甚だ不本意だったが、ドアの向こうで騒ぐ男を放置してもおけない。無視すれば無視するほど大声でがなりたて、下手なストーカーよりもいい近所迷惑になることを、二人ともよく知っていた。
「ここでじっとしていてくれ。私がいいと言うまで出て来るな」
警告するように言いつけると、ロイはエドワードのこめかみにキスを送り、脱ぎ落としていたシャツを拾って身につけた。
ぱたん、と客間のドアが閉まり、暗闇の中にエドワードは一人取り残された。燻るような情欲の残り火を持て余していた体は理不尽な仕打ちに疼いたが、寝返りを打つと、ひんやりとした敷布の感触に包まれた。幸いと言うべきか、その冷たさが火照った体の熱を奪い、思ったより簡単にのたうつ情欲を収めてくれた。
「タイミング悪いよなぁ……」
そう思いながら枕元に置かれたティッシュを取ると、ぬかるんだ部分を拭き取り、蹴り飛ばしていたに等しい上掛けを引き寄せた。
やがて、ドアの向こうの階下から話し声が聞こえて来た。どうやら、訪問者はエドワードの予測通りの人物のようだった。
「ヒューズ、こんな時間にいったい何の用だ」
不機嫌に応対するロイの表情が見えるようだった。が、それに対するヒューズ中佐の飄々とした態度も想像できた。
しかし、中央の将校が東方司令部の軍管区に来ているなど聞いていない。否、ロイから何も知らされていないだけである。が、一応知り合いでもあるのだから、一言くらいあってもいいのでは、とむかつく。
もっとも、そんなエドワードの不興などお構いなしに階下での会話は続いた。
「そう堅いこと言うなよ。泊まる予定だったホテルがダブルブッキングで追い出されちまったんだ。俺は今日、宿無しってわけ」
「こんな時間まで外をぶらぶらしてたら、キャンセルしたと思われるだろう。いったい、どこまで遊びに行っていたんだ」
ホテル側の対応は間違っていない、とロイは言う。ヒューズのチェックインが余りに遅かった上に連絡も入れなかったため、ドタキャンと見做されて他の客を入れてしまい、満室を告げられてしまったのだろう。
「どこって……、ジャービルだ」
「明日、改めて行くのではなかったのか。あそこはクルマでも三時間以上かかるはずだ」
「四時間かかった。個人の家を探し当てるとなると、それくらいかかっちまう」
「自慢できないぞ」
「一応、止めたんスけどね」
と、不意にヒューズ以外の男の声が聞こえた。
「ハボック少尉?」
どうやら、ヒューズをここまで送って来たらしい。どういう経緯で一緒になったのかは知らないが、二人でロイの自宅へ転がり込むことにしたようだった。
「どうしても今日中にジャービルへ行ってその足でイーストシティへ戻るって聞かなかったんスよ、中佐が。俺は向こうで泊まる気でいたのに……」
「大事なもん、預かってんだぜ。ぐずぐずしてるのはヤバイだろ。のんびり一杯引っ掛けてたら、置き引きに遭ってごっそり書類が紛失したなんて不祥事が先月あったばかりなんだ。そのことを思い出したらいてもたってもいられなくなった」
「それにしては、無茶をするじゃないか。貴様が東方司令部へ顔を出したのは午後になってからだった。それから出かけたとしたら、向こうに到着したのは、夕方になっていたはずだ」
「ハボック少尉を労ってやれよ」
「貴様が言うな。で、ここへ何しに来たんだ」
「そんなつれないこと言うなよ。ホテルが満室だったんだ、他を当たるしかねぇだろ」
「軍の施設も方も当たってみたんスけどね、相部屋しか空いてなくて……」
「そんな窮屈なの嫌じゃないか。それくらいだったら……」
「路上で一晩過ごしてもよかったんじゃないのか。適当な橋の下だってあるし、ダンボールを持ったお仲間もいる」
「そんな冷たいこと言うなよ。俺がくたばったら、女房と娘が泣く。いったい、誰が二人を食わしていくってんだ」
「軍人恩給が出るだろう。それに幼児のための養育金も支給されるはずだ。生命保険も出る。安泰じゃないか」
「おい……」
「俺、水汲んで来ます」
「どうせなら、炭酸水をくれ。瓶に入ったヤツが冷蔵庫にあるだろ」
「どうして、貴様がそんなことを知っている」
俄かに賑やかになっていく階下の様子に、エドワードはため息をついた。この調子では、しばらく三人はあれこれと戯れては話し込み、結局のところ腰を落ち着けてしまうに違いない。
ロイ達が屯っているのは一階のリビングで、自分がいる客間は階段を昇った二階にある。ここから顔を出したりして己れの存在を知らしめるのは憚れた。
三人が揃えば、話題となるものがエドワードとは全く関係のない、例えば、純粋に軍内部の情報交換だったりするため、出る幕がないのである。寧ろ、聞いてはいけない内容だったりする。後で問題になることを思えば、ロイの言った通り、大人しく引っ込んでいるのが得策だろう。
面倒で厄介な奴だと言いながら、最終的にロイはヒューズを拒まないし、ハボックはその二人の間を器用にすり抜ける。
残念だが、仕方がない。今夜は一人寝である。
そう判断し、エドワードは毛布を被り直すと目を閉じた。さっさと寝てしまおう。まだチャンスは巡ってくるはずだ、と思いながら。
さほど疲れていたとは思っていなかったが、寝つきのいいエドワードはそのまま眠ってしまった。階下の話し声や笑い声が静まり、それぞれがそれぞれの場所に潜り込んだのがいつだったのかも知らずに。
何となく息苦しい思いをして目が覚めたのは、その数時間後だった。さすがに夜空は白み始めていたが、まだ夜明けにはいたっていない時刻。
妙に暖かな感触と覚えのある手応えに違和感を覚えたせいだろう、そんな早い時間に目が覚めてしまったのは久しぶりのことだった。
そして、起き抜けに己れが目にしたものをしばらく呆然と見つめることとなった。
どういうわけか、一人で寝ていたはずのベットに、見覚えのある男が横たわっていたのである。気持ちよさそうに寝息を立てて。
黒髪で面長、顎鬚付き。インテリっぽさを演出するための眼鏡は折り畳まれてヘッドボードに無造作に置かれていた。
「何で、中佐が……」
どこからどう見ても、マース・ヒューズその人である。
部屋を間違えたのか、と最初は思った。客間はもう一部屋ある。廊下を挟んだ向かい側なのであるが、そこへ行くつもりで左右を取り間違えたのか。
昨夜の情況から察するに、あの後、多少の酒が入ったに違いない。夜中に男が複数揃えば、大抵はそうなる。それでなくとも、ホームバーの棚にはヒューズの名札を首にかけたバーボンのボトルが鎮座ましましていたりするのである。恐らくは、開封しただろう。で、いい具合に酔っ払ってそのままベットに雪崩込み、朝を迎える。
それならば、特に問題はない。
問題なのは、二人とも全裸だということだった。
To be continued 