細い月をなぞる指






 眠くて眠くてしょうがないのに、何故か、それを無理矢理揺り起こされているような、酷く不愉快な感じだった。
 しかも、体を押さえ込まれているような圧迫感と、四肢のあちこちを弄られているような感覚が更にエドワードの不興を煽った。
 「な…んだよ……」
 くぐもった、はっきりしない声で抗議すると、己れの上に圧し掛かっているらしい大柄な体躯が、抵抗を封じるようにごそりと動いた。
 「よせ……」
 ため息をつくような、それでいてどこか扇情的な声になってしまった自覚もなく、エドワードは安眠妨害を払いのけようと寝返りを打った。が、イタズラを仕掛けている相手は容易に手を引く様子を見せなかった。
 寝乱れてまくれ上がったタンクトップの裾から忍び入った掌がやんわりと胸元を撫で上げ、触れた乳首を指先で押し潰すように動く。ちくりとした痛みとぞくりとした快感が同時に背筋に走り、エドワードは俄かに眠りの世界から浮上した。
 「おい、いい加減にしねーと、殴るぞ」
 チッとあからさまに舌打ちしてやると、少々怯んだのか、忍び笑うような微かな声が聞こえた。
 「怖いねぇ……」
 その声にはっとして目を上げると、予想した通りの男がすぐ目の前にあった。
 「ヒューズ中佐……?」
 眼鏡がなかったが、その顔は見間違えるはずもない。いつ、イーストシティに来たのだろうという疑問もさることながら、いったい何が起こったのか、エドワードははっきりしない頭で考えた。
 「な、何やってんだよ、こんなところで」
 「こんなところってこたないだろ。ここは司令部の仮眠室だ。いい逢引の場所になってることを知らないなんて言わねーよな」
 「何言ってんだ、あんた」
 事情が飲み込めず、エドワードはヒューズの手を払いのけ、圧し掛かる体を押し返そうとした。もっとも、眠りから醒めてすぐでは力の入りようがなく、また大人の男のがっしりした体躯を突き飛ばすには、余りにも無理があった。
 「恋人を連れ込むにゃいい場所だってことだ。ロイの野郎も上手くやったな」
 「……っ」
 どきり、とエドワードの心臓が跳ね上がる。今度こそ本当に目が覚めた。
 「何で、そんなことを……」
 「知ってるかって? そりゃ、奴がそう言ってたからな」
 己れをどかそうとするエドワードの両手首を掴み上げると、ヒューズは簡単に敷布の上に押さえつけて動けなくしてしまった。下肢はもちろん、すでに押さえ込まれており、どうにも磔にされたされた状態だった。それでなくとも、一応軍人としての格闘技は身につけている。人間がどことどこの関節を固めてしまえば抵抗できなくなるのか、最も効果的な方法を知っている。寝込みを襲われてしまったのは、返す返すも迂闊だった。
 「ほう……、なかなか綺麗な肌をしてるじゃないか。白くて張りがあって肌理が細かい。まだ若いせいだろうな。手に吸い付くようだぜ」
 まるでそれを味わうかのように、ヒューズがエドワードの項に唇を寄せ、軽く吸い上げる。
 「よ…せ……」
 びくりとエドワードの四肢が震える。こんな真似をされる覚えはなかったが、問い質す前にヒューズの唇は首筋から鎖骨へと降り、左の肩の肉に歯が立てられた。
 「……っ」
 痛くはなかったが、暖かな息遣いがごく間近に吹きかけられ、条件反射的にびくりとする。
 「感度もよさそうだ。元々なのか。それとも、ロイに開発されたか」
 「何、バカなことを……」
 「キスマーク、残ってるぜ。昨日もやったんだろ。奴のことだ。一晩中、離さなかったんじゃないのか」
 言いながら、掴み上げたままの手首にキスする。
 「やめろよっ」
 咄嗟にそれを払いのけ、エドワードはヒューズを睨みつけた。が、ヒューズは応えた風もなくくすくすと笑った。
 「何だ、その顔だと知ってるんだな」
 手首へのキスが何を意味するのか。恐らくは、ロイが教えたのだろう。エドワードは顔を背けたが、肯定しているも同然だった。
 「だったら、話は早い。大人しくしてな。別に危害を加えようってんじゃないんだ。お前さんはちょっと目を瞑って寝転んでいればいい」
 そう言うと、ヒューズはエドワードを本格的に組み敷き、その四肢を愛撫した。



 ばたん、といきなり執務室のドアが開き、いつもの黒いジャケットを片手にしたエドワードが肩で息を切らしながら、正面に座っているロイを睨みつけた。
 「どうした、鋼の。まるで、どこかから命からがら逃げてきたような格好だな。猛獣にでも襲われたか」
 ちょうど決済済みの書類をまとめていたところだったのだろう、控えを取るためのファイルを持ったハボック少尉が机の横に立っていた。
 「あ、あんたな……」
 言いながら、つかつかとロイの机に近付くと、寝癖が着いたままの髪もそのままに、エドワードは怒声を張り上げた。
 「いったい、ヒューズ中佐に何言ったんだっ。ふざけんじゃねーぞ」
 いつにない怒気に、さすがのロイも怯む。ハボックはくわえ煙草をしたままただ立っていた。情況が読めないのだろう。が、そんなギャラリーも目に入っていないのか、容赦なくエドワードはロイを怒鳴りつけた。
 「あんたがそんなお喋りだったとは知らなかったぜ。いったい、どういう了見か言ってみやがれっ。ことと次第によっては許さねーぞ」
 「話が見えないのだが……。鋼の、君の言いたいことはちゃんと聞くから、そこでスピッツみたいにきゃんきゃん喚いてないで、座ったらどうだ」
 「うるせー。これが落ち着いていられるかっ」
 何らかの事件がその身に降りかかったのは判るのだが、これでは話にならない。やれやれとロイは肩を竦めると椅子から立ち上がり、書類をハボックに全部押し付けた。
 「今日の分はこれで終わりだ。君は適当に帰っていい。私もそうする」
 「わ、判りました」
 要するに、席を外せと言うことである。これからはプライベートタイムだと悟り、ハボックはさっさと執務室を退散した。
 「かけたまえ。ゆっくり君の言い分を聞こうじゃないか」
 少尉がドアの向こうに消えてから、ロイはエドワードをソファに座らせ、背中の毛を逆立てて牙でも剥き出しにしかねないほどの興奮状態を何とか宥めようとした。
 「中佐に、何で喋ったんだ」
 乱れていた息遣いを整え、しばらく黙り込んでいたエドワードがやっと口を開く。
 「あんたが何考えてんだか判らなくなったぜ」
 「だから、何を喋ったというんだね」
 エドワードの向かい側に腰を降ろしたロイの態度はいつも通りの端然としたもので、それが余計にエドワードのささくれ立った神経を逆撫でした。
 「中佐が仮眠室でぶっ倒れてる。さっさと衛生兵を呼んだ方がいいぜ」
 質問とは全くかけ離れた返答を寄越され、ロイは戸惑ったが、すぐに頭を切り替えた。
 「君が昏倒させたのか」
 「こめかみの急所を狙って殴ったから、しばらくは気絶してるだろ」
 「鳩尾でなくてよかった」
 下手をすれば、内蔵破裂することもある。そんな事態になれば、軍内での不祥事である。階級は低いくせに居丈高な憲兵がどやどやとやってきて、あれこれ取り調べされるなど、ご免被る。
 「で、何故、ヒューズを殴ったんだね。いや、殴るようなことになったのかね」
 「言っとくけど、あいつの方が悪いんだからな」
 「それは判った。ヒューズが君に何か危害を加えたということか。それで君は正当防衛を主張するわけだ」
 「あんなことされる覚えはない」
 きっぱりとエドワードが断言する。まっすぐロイを見つめる視線からして、どうも諸悪の根源は貴様だと言われているような気がして来た。
 しかし、エドワードを怒らせるようなことをしただろうか。昨日は確かにしつこく閨から出そうとしなかったものの、照れのような、或いは消し切れないプライドのようなものから来る抵抗はされても、決してエドワードを不快にさせるほどではなかったと言える。
 それに、気にいらないことがあれば、その場で文句を言うタイプであるせいか、一日も経ってからいきなりクレームをつけるような粘着質な真似は今まで一度もなかった。ついでながら、今日は夕方までエドワードとは会っていない。ちょっと休ませてくれ、とふらりと二時間ほど前に一人で司令部に現われ、仮眠室で正体もなく寝こけていたはずである。
 「あんなことというのは?」
 半ば予想しながらも、ロイがエドワードを問い質す。言いにくいのか、かっと頬に朱が差すのが判ったが、ここで誤魔化しては後でヒューズを追及する時に困る。事実関係は、正確に詳しく、裏づけもきちんと揃えておくのが捜査の基本である。
 「応えたまえ、鋼の」
 特に強く要請したわけではない。が、エドワードはロイへの理不尽さを隠しもせずに言い放った。
 「指突っ込まれた」
 「はぁ?」
 つい惚けた返事になってしまう。その反応が小馬鹿にしているように思われたのだろう、エドワードは重ねて爆弾発言とも言える台詞をロイに投げつけた。
 「だから、指突っ込まれたんだよ、あそこに! 二本!」
 「……っ」
 今度はロイが黙り込む番だった。否、絶句した。
 頭の中が真っ白になる瞬間を戦場の修羅場以外で経験することになろうとは思いもしなかった。まるで時間が止まったような、思考が停止したような、とにかく世に言われるように、頭の上に岩でも落ちてきたような、強烈な衝撃だった。
 始末の悪いことに、想像力豊かに、ロイの頭の中で、ヒューズに犯されるエドワードの赤裸々なあられもない姿が脳裏に浮かんだりする。微に入り細にわたって、喘ぎ声まで聞こえて来そうなほどリアルに。
 軍人、引いては戦術・戦略家にとって、豊かな想像力や空間認識能力は必須の能力であるが、この時ほどロイは己れの才能を恨んだことはなかった。
 「つ、つまり、それは……、ヒューズが――」
 「襲われたんだよ。あんなところで押し倒されるとは思わなかったぜ。今度から監視カメラでも設置しとけ」
 「何てことだ……っ」
 いきなりソファから立ち上がると、ロイは執務室を出て行こうとした。
 「どこへ行くんだよ」
 「奴を締め上げてくる」
 「後にしろよ」
 むすっと、それでもエドワードが今すぐにでも飛び出して行きそうなロイを引き止める。
 「それより、あんたに聞きたいことがある」
 「何だね」
 つい口調がきつくなってしまうが、エドワードは気にした風もなく、否、不愉快さをロイ以上に潜ませた顔で言った。
 「何で、中佐にバラしたんだ」
 「何を」
 「俺とあんたの関係。中佐はそれをネタに迫って来たんだ」
 「……」
 咄嗟に、ロイが顎に手を当てる。口元を隠すような仕種に、エドワードはヒューズの言ったことは嘘でも出まかせでもなかったことを知った。
 確信的に、ロイは第三者に漏らしたのである。エドとのただならぬ関係を。
 「理由を聞かせてくれよ、ちゃんと。でないと、あんたを死ぬまでぶん殴りそうだ」
 「物騒なことを……」
 しかし、脅しではなく、本気でやりそうな剣呑な雰囲気に気圧されるように、ロイは取り敢えず冷静に弁解を始めた。
 「言っておくが、こういう事態を想定して、私はヒューズに君とのことを告げたわけではない。ちょっとした約束だったんだ」
 「約束ぅ?」
 「ああ、新しい恋人ができたら見せに来い、と。酒の席の与太みたいなもんだ。大した意味はないと思っていた。しかし、ヒューズは今の細君と付き合い始めた時、私に彼女を紹介しにわざわざ東部までやって来た。だから、当然と思って……」
 「バラしたってのかよ」
 馬鹿馬鹿しいと言わんばかりにエドワードが憤然と嘆息する。
 ――お前、恋人ができたんだってな。見せろよ。
 ――今、仮眠室で寝ている。勝手に見て来い。
 というような、軽い会話だったらしい。しかし、それで当のエドワードが手篭めにされかかったのでは洒落にならない。
 「本当に、顔を見せろって約束だけだったのかよ」
 疑わしげにエドワードがロイを睨む。
 「味見させろってオプションつきだったんじゃねーのか」
 「それは絶対にない。言っておくが、私はヒューズの細君には指一本触れてないぞ。そりゃ、奴にしてはいい女を捕まえたな、とは思ったが――って、凄むな、本当だ。嘘は言っていない」
 言い訳がましく、それでもロイがエドワードの側に寄る。タンクトップから剥き出しになっている肩に手を置き、何とか説得しようとするが、なかなか勘気は解けそうになかった。
 「さっさと中佐を介抱しに行って来いよ。話はそれからだ」
 「判った」
 やれやれとため息をつき、ロイは言われた通り、手の空いていたファルマン准尉を呼ぶと、仮眠室へ行くよう命じた。もちろん、口止めは忘れない。物分りよく、ファルマンは余計なことは聞いてこなかった。
 執務室へ戻り、ロイはポケットから鍵を取り出すと、エドワードに渡した。
 「先に室の方へ行っておいてくれ。後から私も行く」
 「……」
 エドワードは無言だったが、承知はしてくれたのだろう、大人しく鍵を受け取って徐ろに立ち上がると、握り締めていた上着を着こみ、肩をそびやかすように司令部から出て行った。一緒にここを出るつもりがとんだ番狂わせだ、とロイは苦々しく思った。
 「恨むぞ、ヒューズ」
 そう呟きながら、一応医務室を覗く。
 「具合はどうだ」
 「かるーく喝を入れてやれば目覚めますよ」
 ファルマンは当然の如く請け負った。ならば、とロイはばきばきと両手の指を鳴らし、がっくりと項垂れた姿勢のヒューズの顔を持ち上げるようファルマンに指示した。
 ――足開け。歯食い縛れ。
 初年兵教育でよく耳にした台詞を心の中で唱えると、ロイは右手を振りかぶり、盛大な音を立ててヒューズの頬を張り飛ばした。
 その後起こったことは、軍部の誰も知らない。ファルマンは何も見てません、聞いてません、ということになっているので、軍医も帰宅してしまった医務室での出来事は長らく秘密のベールに隠され、余人の追及を許さなかった。ただ、お泊りの患者が一人、しばらく滞在することとなった。
 「ったく、ろくでもねーな。何考えてんだか……」
 と、ぶつぶつ文句を言いながらも、エドワードはロイが借り上げているフラットの風呂場で湯船に浸かっていた。二人っきりで会う時は、大抵ここを使う。軍の施設内では目立つだろうし、ロイの自宅は軍用地の中にあるため、エドワードには近寄り難い。何せ、ゲートには常に歩哨兵が立っていて、いちいち出入りする者の顔を見るのである。保安上の理由とはいえ、余り嬉しくない警備体制だった。
 「だから、奴にはきつく言っておいたから、もう君に手出しすることはない。私の言うことが信じられないのか」
 エドワードの手を取り、ボディブラシでせっせと洗ってやるロイの口調はどこか苛立たしげではあったが、誠意がないわけではない。いくら何でもそれくらいは判る。ただ、腹の虫が収まらないだけだった。
 「前線は女っけないから、手っ取り早く近くの奴で済ませちまうって聞いてるけど、本当だったみたいだな。大佐もそういうことやってたんだ。中佐ともそういう関係なのか」
 「下衆の勘繰りだ。そこまで私の趣味は悪くない。それに、そういう話には誇張がつきものだ。そのまま信じるほど君は愚かではないだろう」
 「でも、みんな言ってる」
 「じゃあ、私は例外だ。そこらの有象無象と一緒くたにされては困る。ところで、手近なものというのは具体的に何だね」
 「え……」
 そう切り返されるとは思ってみなかったのか、エドワードがどきりと口を噤む。
 「流言蜚語の類なら私の耳にも入って来ている。人間相手ならまだいい方、あぶれた奴は、そこらの牛や馬を使う。酷い者になると鳩にまで突っ込む」
 「ど、どうやって鳩なんかとやるんだよ」
 「さぁな。私にも判らない。だから、根も葉もない噂なんだよ」
 「……」
 「そっちの手を貸しなさい」
 言われるまま、機械鎧の方を差し出すエドワードに、ロイはやれやれと嘆息した。やっと口を閉じてくれたという安堵感とまた何か言い出すのではないかという不安が入り混じった表情に、しかし、エドワードはそれ以上悪態を衝こうとはしなかった。
 所詮、口では勝てない。恋人を苛める趣味もない。ただの八つ当たりである。
 「さて、これでいいかね。髪も洗うかい」
 「いや、いい。もう上がる」
 何とか肌に残った気色悪さを払拭し、エドワードは湯船から出るべく立ち上がった。ロイが用意してくれたバスタオルで水気を拭き取り、ローブの帯を結ぶと、やっと人心地ついたような気分になった。
 「こっちへ来なさい。冷たいものでも出そう」
 「ああ」
 ロイに導かれるままリビングルームのソファに腰を下ろすと、エドワードはほっとため息をついた。
 「あれってやっぱ強姦未遂ってのか」
 「いや、強姦罪は14歳以上の女性に対する暴行だから、君の場合は当てはまらない。傷害の方に入るだろう」
 「どれくらいの刑?」
 「三年以下だな」
 「軽い……」
 「医者にかかるような怪我をしていないから、執行猶予付き確実だな。強盗より軽いが、まぁ仕方ない。法律ではそうなっているんだ。……オレンジジュースでよかったかね」
 氷の浮いたグラスを渡され、エドワードは素直に受け取った。
 「別に中佐を裁く気はないけど」
 「では、告発はしないのか」
 「やったら、あんたも困るだろ。こんな醜聞を白日の下に晒したいのかよ、東方司令部の高級軍人が。俺はご免だぜ」
 「君が冷静な判断力の持ち主でありがたいね」
 皮肉ではなく、ロイは心底安堵していた。あくまでヒューズを追及すると言い張ったら、何が何でもやめさせるつもりだった。エドワードに言われるまでもなく、双方とも世間に公開するには余りにも恥ずかしい出来事である。人知れず闇に葬ってやるのが親切というものだろう。もとより、こんな事件で軍歴に傷がつくのも腹立たしい。
 「それはともかく、やっと二人っきりになれたんだ。ヒューズの話題はここまでにしておこう」
 そう言うと、ロイはエドワードの肩を抱き寄せ、グラスを取り上げた。
 「まだ飲む……」
 取り返そうとした手をかいくぐり、ロイは半分以上残ったグラスをテーブルの上に置くと、エドワードの体を引き寄せ、己れの膝に乗り上げるようにした。
 「エド……」
 背面座位の体勢になり、掠れた声で呼ばれてエドワードはびくりとした。不要に優しげな響きを持つそれを、エドワードはこれまで何度も耳にしていた。
 「その声、やめろよ。もろに欲情してますって感じで――」
 「ぞくぞくするかね」
 「寒気がする」
 「せめて、感じると言ってくれ」
 言ったら調子に乗るだろう、ということは言わないでおいた。もっとも、わざわざ口にしなくとも、これまでロイはさんざん賛美の言葉を浴びるほど周囲からもらっている。一人くらい憎まれ口を叩く者がいてもいい。
 このような場でもなかなか色っぽい雰囲気を出してくれない恋人を、しかし、ロイは容赦なく抱き締め、己れのものとすべくローブの袷から手を忍び込ませた。
 「昨日、あれだけやったくせに……」
 「毎日でもやりたいね」
 「まだ、痛い」
 「どこが」
 意地悪く聞き返すと、エドワードが開き直ったように言った。
 「後ろのあそこに決まってるだろ」
 しかも、ヒューズに触られた。傷口が開くというわけではないが、しつこく擦過され、腫れぼったくなっていた粘膜を無用心に撫でられては、引き攣るような痛みを感じる。
 が、ロイはにやりとすると、エドワードの下肢を開かせ、その狭間に片手を差し入れた。
 「見てあげよう」
 ぐいっと片足を持ち上げられ、エドワードは焦った。
 「ばっ、バカ、よせ……っ」
 罵倒が途中で途切れる。不安定な体勢からいきなり横倒しにソファに押し倒され、そのままロイに圧し掛かれてしまった。下肢が交差し、中心部の熱がエドワードの性器に触れる。
 「……っ」
 びくっと、その生々しい感触に身が竦む。が、それを意に介さず、ロイはエドワードの体を弄り、キスの雨を降らせた。
 「ほ、本気かよ」
 当然だろう、と言うようにロイがエドワードが着ていたローブを剥ぎ取る。風呂上がりの上気した肌がうっすらとピンク色に染まり、普段は気にならない小さな痣が浮かび上がって見えた。
 「まだ、残ってるな、ここ」
 ロイの指先が鼠蹊部のかなりきわどい部分に点々と刻印されたキスマークをなぞる。皮膚の薄いそこは、くっきりと愛撫の痕跡をとどめ、エドワードを悩ませる。誰かに見られるような場所ではないが、自分でみつけてしまうと、酷く恥ずかしかった。
 「ああ、ここにもある」
 「い、言うな……っ」
 脇腹をすっと撫でられ、エドワードは身を竦めた。くすぐったいのか、感じているのか判らないが、ロイは構わず敏感な乳首を舐め上げ、硬く立ち上がるのを舌先で確認してから、気を散らすように下肢の中央を掴み上げた。
 「こっちも、いいようだな。こっちはどうだ」
 まだ触れていなかった秘部に指先を這わすと、エドワードがびくりと肌を震わせた。が、痛いとも嫌だとも言わなかった。拒絶がないということは、先に進んでもいいのだ、と解釈し、ロイは指先を入り口に押し当てると、ゆっくりと中の粘膜を撫で上げるように挿入して行った。
 「う……」
 簡単に指が入り、指の腹が小刻みに震える肉襞を掻き分けるように内部を探りながら奥にある円形のしこりを弄った。
 とたん、エドワードが息を呑むような声を漏らした。ぎゅっとクッションを握り締めるのが見え、ロイは笑みを漏らした。色っぽい顔も艶も全く見せてくれないが、辛そうにも見える表情が、何故かじわりとした情を煽り、舌舐めずりしたくなるような気分にさせてくれる。
 「傷はないようだな」
 まだ昨日の余韻が残っている体は、しかし、己れを受け入れさせるのに大した支障はないと判断できるほどに熱を持ち始めていた。これがロイのものを包み込み、きつく締め付けてくれるのである。
 「指だけでイカしてやろうか」
 「ば、バカなこと、言うな」
 「ちゃんとやらないと許さない、と?」
 揶揄するように囁いてやると、エドワードが意地を張るように唇を噛んだ。そのくせ、秘部の内部がぎこちなく収縮し、差し入れられた指を舐めるように蠢動する。その動きを追うようにロイは軽く曲げた指を前後に動かし、わざとくちゅくちゅと音をたててやった。
 「気持ちいいんだろう?」
 「……んな、わけ、ないだろっ」
 指先がしこりを掠めるたびにエドワードは苦しげな顔をする。それが痛みや不快感からではないことをロイは知っているが、なかなかエドワードはあるがままの悦楽を受け入れようとはしない。素直になれば楽になるというのに、どうしても譲れない部分があるらしく、身悶えるような快楽のまっただ中に突き落としてやっても、口に出して認めてはくれなかった。
 「エド」
 一応声をかけ、ロイは二本の指を引き抜くと、三本まとめて突き入れてやった。
 「ん……っ」
 くぐもった声が漏れ、僅かに喉が仰け反ったが、無視して根元まで押し込むと、エドワードの唇が小さく開いた。捻るようにして内壁を刺激してやると、その感覚から逃れるように、更にクッションに爪を立てるのが判った。
 「エド、せっかくのサテンを引き裂くつもりか」
 大した高級品ではないが、もったいぶってロイはクッションをエドワードから取り上げ、頭の下に敷いてやると、己れの方を無理に向かせた。
 「手はこちらだ」
 と、両手を自分の背中に回させ、向かい合う形にすると、次に何をするつもりなのか判ったのだろう、決まり悪げにエドワードは目を逸らせた。戸惑っているような風情もいつものことと承知の上で、ロイは額に軽く口付けた。
 「いい子だ」
 徐ろに己れのものを取り出し、昨夜散らしたばかりのそこへ、先端を埋め込んだ。柔らかく解けた入り口は押し広げられるように開いて滾った楔を受け入れた。
 「いっ、いた……い」
 反射的に締め付けられ、それ以上侵入できなくなる。が、息継ぎをする頃合を見計らい、ロイはエドワードが何か抗議する前に己れを半ば強引に打ち込んだ。
 「……っ」
 ずぶりと音でもたてそうなそれは、しかし、狭窄な秘部を押し開く勢いでエドワードの中へと捻じ込まれ、深々とインサートされた。
 「あ、くぅ……」
 一気に薄皮を引き剥ぐような摩擦感に、エドワードが唇を噛み締める。が、苦痛を感じているのではなく、内臓を押し上げるような圧迫感に喘ぎながら、何とか逃れようともがいているのがよく判った。決してロイを拒絶しているのではなく、ただ貫かれた直後の衝撃を受け止めかねている。
 いくら慣らしてやっても、小柄な体に大人の男の情交は負担になるらしく、時に引き裂かれるような激痛を訴えることもあった。
 もっとも、しばらく動かずにいてやると、奥まできっちり咥え込み、直接触れ合い密着した粘膜と粘膜が互いの脈動を伝えてくる。どうしようもなく肉薄した生々しい感触に自然と息が上がった。
 「動くぞ」
 断りの言葉を囁き、ロイが小さくグラインドし始める。ぐっ、ぐっ、とノックするように突き上げられ、エドワードはじっとりと体が汗ばんでくるのを感じた。
 派手に動くよりも互いが擦れ合っている感触がダイレクトに伝わってくる。それが酷く恥ずかしい。咄嗟にロイを突き飛ばして逃げ出したくなるが、腕は男の背中にしがみ付いたままだった。
 柔らかな内壁がやがてしっとりとロイに絡みつき、蠕動しながら、時折り吸い上げるようにうねり、熱く怒張した楔を包み込んだ。じっくりと暖かなそれを味わうように、苛立たしいほどロイは焦らなかった。
 これだけでも充分、下半身に快感が走る。脊髄を駆け上るそれは、エドワードも同じであるらしく、秘部にぴくりぴくりと拍動を感じるたびに鼻にかかったような喘ぎを必死に押し殺していた。我慢することなく声を出せ、と何度も言ったのであるが、無意識に堪えてしまうらしく、これまでエドワードは嬌声らしい嬌声も甘い声も殆ど上げたことがなかった。
 が、ロイからの責め立てを敢えて受けているその姿は、別の意味で愛しかった。
 ロイが下肢を前後に揺するたびに怒張した男根が出入りし、小振りのアナルを容赦なく拡張する。何度目かの挿入で、菊座の周りに輪ができ、ぷくりと膨らんだ。引き抜くと、中のピンク色の粘膜が顔を出し、一緒に外に引きずり出される。
 執拗に秘部を擦り上げられ、じんじんとした疼きがエドワードを犯し始めていたが、まだ音を上げるには早いらしく、己れの内部を擦過する動きに何とか耐えていた。
 「我慢しなくてもいいというのに、君はどうしてこう強情なんだろうね」
 「お、女みたいに喘げってのかよ……っ」
 「それはそれでいいと思うが」
 「冗談じゃねー」
 やはりエドワードはロイの愛撫をうるさげに払いのける。
 「そうか」
 まぁいい、とロイは思う。そう簡単にこちらの思い通りになってしまっては、後の楽しみが減る。攻略は困難であるほどやりがいがある。落ちそうにない者を落とすところに、恋のゲームの醍醐味があるとも言える。
 まだまだ駆け引きは半ばか、始まったばかりである。
 「それじゃ、そろそろ……」
 と、ロイはエドワードの下肢を片手で引き寄せると、腰を浮かせるようにした。
 「な……」
 動きの止まったロイに不審を抱いたのか、エドワードが目を上げる。が、次の瞬間、その琥珀色の瞳が大きく見開かれた。
 ずぶっと乱暴にロイが腰を突き上げる。エドワードの中に従順に収まっていた灼熱の楔が、これまでになく深く打ち込まれ、その圧倒的な圧迫感に息が詰まった。
 「くぅ……っ」
 悲鳴のような声が漏れ、エドワードの背が弓なりに撓む。が、ロイは頓着しないかのようにいったん先端が外れるほど腰を引くと、その反動として一気に全てを押し込んだ。しかも、すぐにまた腰を引き、断続的に突き上げた。エドワードの小柄な体が大きく揺れ動く。がくがくと揺さぶられ、激しい抽送にソファがぎしぎしと軋んだが、ロイは動きを止めなかった。前後だけでなく、円を描くように腰を回し、秘部を掻き回す。
 捻りながら突き上げるたびにエドワードの四肢が跳ね上がるように上へ上へとずり上がり、ソファから落ちそうになる。それを引き寄せ、更にロイはエドワードを貫き続けた。
 「も、もうやめ……っ」
 壊れそうだ、とエドワードが切れ切れに訴える。激しい勢いで秘部を出入りするそれは、強引に内壁を押し広げるように周回していた。その摩擦と秘部全体を揺すぶられ、嬲られる感覚に耐えられなくなったのだろう、ロイの動きに追随していた肉襞がひくひくと痙攣し始めた。二人の腹の間に挟まれたエドワードのものもグラインドのたびに擦られて揺れていた。
 「イキたいか」
 「い、言うなっ」
 まだ抵抗があるのか、エドワードが反発する。が、高まった体は正直だった。咥え込んだロイのそれをきゅうっと締め付け、絶頂が近いことを知らせてしまった。
 くすりと、汗の浮いた顔で微笑われ、エドワードは顔を背けたが、ロイは更に深く激しく己れを突き入れた。ロイ自身も押し寄せる高まりを抑えきれなくなっている。もう少し可愛がってやれば、エドワードが乱れる姿を見れるのではないかと思ったが、しかし、限界は忍び寄って来ていた。
 「そろそろか」
 「は、あぁ……」
 応えるつもりだったのか、エドワードが消え入るような声を漏らす。同時に、ロイの背中に爪が立てられた。
 「……っ」
 びくん、とエドワードの下肢が震え、絶頂のタイミングを教える。それに合わせるように、ロイは下肢を突き上げた。
 「あっ、あっ、あぁ……っ」
 消し切れなかった声とともに秘部がうねるように収縮した。それがロイに射精を促す。
 微かな痙攣が起き、それに身を委ねた次の瞬間、二人は殆ど同時に達した。



 ぐったりと敷布に身を沈めるエドワードの体を、飽きもせずにロイは撫でていた。弄るでもないそれは、篭った熱を宥めながら抑えてくれるようで、時折り、エドワードはため息のような吐息を小さく漏らした。
 「……なぁ」
 背中に口付けられるのをくすぐったそうにかわしながら、エドワードが俯せになった上半身を起こそうとした。
 二人ともまだ衣服は身に着けていない。やっと汗が引いたばかりの肌に乾いた敷布の感触が酷く心地よかった。
 「ちょっと、いいか」
 そう言うとエドワードは仰向けになり、自分に圧し掛かるように後戯を楽しんでいたロイの顔を見上げた。
 「中佐のことなんだけど」
 「こういうシーンで他の男の話題かい。野暮だよ」
 「今、言っとかないと、有耶無耶にされちまうだろ。聞けよ」
 「判った」
 ピロウトークにしては面白くない人物の名前だが、エドワードの要求を途中で遮ったら後が怖い。取り敢えずロイは納得したように振る舞ってエドワードの横に身を横たえ、肘をついて己れの頭を持ち上げた。
 「ヒューズがどうかしたのか」
 「これ、知ってたぜ」
 そう言うと、エドワードはロイの片手を取り、手首にそっと口付けた。ぞんざいで色っぽさも艶もなかったが、触れられるとつい嬉しくなる。
 「それがどうかしたのか。誰でも知っていることだろう」
 「俺はあんたに教えられるまで知らなかった」
 むっとしたように言い放つと、エドワードは背を向けようとした。が、すぐにロイに肩を掴まれ、向かい合わせにさせられた。
 「おでこへのキスは友情の証、頬へのキスは親愛の情の証、唇へのキスは愛情の証、手の甲へのキスは尊敬の証、そして、手首へのキスは欲望の証。……そうだったな」
 何かを暗証するように言うと、ロイはエドワードの右手を取った。
 「暗号みたいなもんだ。こうやって効果的に使うという手もあるが、ただの一般常識のようなものにすぎない。私が特別に何かを仕掛けたとでも言うのかね」
 意地悪く、ロイがエドワードを翻弄する。ヒューズがどういう言動を取ったのかはこの際問題ではない。何でもないことだとこの場では言っておくのが得策だろう。下手に謝ったりしたら、エドワードは激昂する。それだけならまだしも、妙な勘繰りをされては困る。こと、情事のルールや手練手管に対しては疎いものの、元々勘のいい少年である。過去の悪行を抉り出されてしまうような真似はしたくなかった。
 だいたい、「新しい恋人ができたら見せに来い」などと言うのは、それはつまり、以前付き合っていた恋人との関係を終了させる宣言以外の何ものでもない。
 じゃあ、誰と付き合ってたんだ、と問い質されるのは、ロイにとって余りにも決まりの悪い事態だった。
 「エド、とにかく、君はヒューズのことを不問に付すと決めたんだろう。だったら、もう余計な追及は必要ないじゃないか。それに、奴は私が締めておいた」
 ヒューズも文句は言わないに違いない。何をトチ狂ったのか、心の内など知りたくもないが、取り敢えず、エドワードの貞操は守られたのであるから、それで由とすべきである。
 「殺さない程度にやったんだろうな」
 「もちろん」
 二、三日は動けないだろうが、顔の形が変わったり、不具になったりはしない。その辺はさすがにわきまえていた。
 何せ、軍人は暴力のプロである。
 「判った。忘れてやる。……しかし、意外だよな、あんなに奥さんや娘さんを可愛がっている人が俺なんかに手を出そうとするなんてな」
 ため息混じりに呟くエドワードに、ロイはくすりと笑った。
 「君にはまだ理解できないか」
 「何をだ」
 「家庭がしっかり収まっている男ほど、浮気をする確率が高いんだ。統計ではっきり出ている。ヒューズのように家庭を過剰に大事にしている奴が一番危ない」
 「なっ」
 エドワードが絶句する。が、ロイは続けた。
 「言っておくが、浮気をしているからその負い目で家庭を大事にしているというわけではない。要するに、男ってのはそういう生き物だということだ」
 「あんたの言ってること、判んねーよ」
 噛み付くエドワードに、しかし、ロイは平然としていた。
 「家庭が収まっているということは、男にとって、一応の仕事が終わったということだ。終わってしまったのなら、また次の獲物を探して外に出て行くしかないじゃないか。そういうことだ。男というのは、常に狩りをしながら生きているようなものだからな、落ち着く先があれば、そこを拠点にして次の拠点を作ろうとする。ここよりもっと綺麗な花が咲いている場所がきっとあるんだ、と思って先へ先へと飛んでいく蝶みたいなもんだ」
 「ふざけてんな」
 「だから、そういうもんなんだよ。家庭も大事、愛人も大事。見果てぬ女性はもっと大事。できれば、一緒に暮らしたいと言う奴もいる。まず無理だがな」
 「当たり前だ」
 憤然とエドワードがロイに背中を向ける。
 「怒ったのかい」
 「いや。呆れてる」
 「君もそのうち判るよ」
 いくら何だかんだ反駁しようとも、エドワードも性別は男なのである。生涯一人だけを愛するというのは、不可能に近い。倦怠感を感じたら、やはり蝶になってしまうだろう。基本的に、男の性はばら撒き型である。
 「今は考えたくねーよ、そんなこと」
 「肝に銘じておくよ」
 そう言うと、ロイはエドワードを改めて抱き寄せ、上掛けを引き上げてやった。
 願わくば、自分の元に舞い戻って来る恋人であるように、この関係が長らく続くように、と思いながら。









2004,3,25 END

 加筆訂正終了! やっとこさ終わりました。……って、大したことありませんが、やっぱ心残りだったんです。(^^ゞ
 特にヒューロイ前提を意識したわけではなかったんですが、こういうのもいいかな、と思ってます。だって、ロイは受だと某氏がことあるごとに力説してくれるんですよ。(-_-;)