百本の白い花
――百本の白い花を腕に抱いて
あなたの元へ参りましょう
外は木枯らし
私は声を殺して泣く
もうあなたはいない
「何だ、これ?」
走り書きのようなメモを読んで、エドワードは己れの肩口や項に口付けているロイに問いかけた。何かの詩のようだったが、意味がよく判らず、つい首を傾げてしまう。
「あんたの自作か」
「まさか」
一ラウンド終わってまだ物足りないのか、下肢を絡ませながらロイが苦笑する。
「私に詩作の趣味はない。これは、東部のある地域で葬送曲として歌われていた歌の一部だ。『百本の白い花』というのは、死者に捧げるためのもので、まぁ葬儀の際の定番アイテムだと思いたまえ。今でも当地では棺を埋める時は白い花を撒くそうだ。歌詞としては、こうだ。恋人か配偶者に先立たれた者がこれから葬式に出向くのだが、悲しくて悲しくて仕方がない。しかし、自分が送り出してやらなければならないから、涙を堪えて家を出る」
「ああ、それで『あなたの元に参りましょう』って言ってんのに、『もうあなたはいない』ってことになるんだな」
で、これがどうかしたのか? とエドワードが早くも第二ラウンドに入ろうとしているロイに問いかける。発情期の猫でもあるまいし、気が逸っているわけではないだろうが、約一ヶ月ぶりの逢瀬に、堅苦しい仕事のことなど地の果てに追いやってしまいたいロイの口調はどこか面倒臭そうだった。が、エドワードはせっかちに問い詰めた。
わざわざ東方司令部に呼び出した理由がこんな陰気な歌を披露するためではあるまい、と容赦なく不満をぶつけてくる。置石だか車両故障だかよく判らないトラブルのお陰でイーストシティへの到着が遅れ、夜間にロイの自宅を訪ねる破目になったエドワードは速攻で寝室に連れ込まれ、そのまま押し倒されてしまったのである。そろそろ本題に入ってもいいはずだった。
やれやれ、とロイはエドワードを改めて組み敷きながら、説明を始めた。
「実は、この歌詞は四〇〇〜五〇〇年前のものと思われる遺構の中から出土した木片に書きつけられていた文字を口語訳したものなのだよ。今では廃れて殆ど歌われていないが、年代測定には役立つ」
「遺構? 四〇〇〜五〇〇年前の?」
四〇〇〜五〇〇年前という年代にエドワードは敏感に反応した。公式には異端として錬金術が封殺され、知識人の頭から締め出されていた時代である。が、人というのは天邪鬼で、禁止されればされるほど興味を掻き立てられるらしく、一部の好事家がその手の指南書や解説書、異本などを密かに収集するというブームの起こった時代でもあった。それを裏付けるように、当時の有力者の家屋や倉庫跡から貴重な文献がいくつも発見されている。
エドワードが興味を示したのが期待通りだったのだろう、ロイは身を乗り出すエドワードにさらりと言った。
「では、発掘現場に行ってみないかね」
「東部のどこだ」
「ファロンという町だ。かなり古い歴史のある町で、代々の地主の土地から、遺跡らしきものが出て来たそうだ。恐らくは、この地主の先祖か分家筋の者が使っていた住居跡だろう。場所は、東部と中央との中間くらいだ。所謂、衛星都市の一つで、この最近は経済発展著しく市街地化が進行している。そんな中、ビルを建築する基礎工事をしていたところ、偶々掘り当ててしまったそうだ」
「よくある話だな」
「そう。しかも、これもよくある話だが、発掘作業のため現場保存をしたい研究者と工期の遅れを気にする企業関係者との間で諍いが起こりかねない緊張状態だそうだ」
「調停役をやれってんじゃねーだろうな。そんなこと、俺には無理だ」
「もちろん、交渉役など最初から期待していない。どちらかと言えば、君はトラブルメーカーだからな。騒ぎを大きくしてもらっては困る。だが、君が行くことによって雰囲気は変えられるだろう」
「どういう意味だ」
「国家錬金術師が乗り込んで来たとなれば、研究者の方としては、自分達の味方が来てくれたと思ってくれるだろう。反対に、工事関係者の方としては、意見の陳情をする機会が降って湧いたと捉えるだろう」
「何だと?」
「君は何もしなくていい。ただ、出土したものを見てくれば、事足りる。君の本来の目的はそれなのだし、余計なことに首を突っ込む必要はない。ついでに壊れた土器や木片をちょっと修復してやれば、どちらも大喜びするはずだ」
「両者の対立の間隙を縫ってやることやっちまえってことか。両勢力を上手く手玉に取って」
「簡単に言えばそういうことだ」
「性悪だな、相変わらず」
「現場のいざこざなどに巻き込まれたくはないだろう。君の本意ではないはずだ。上手くまとめる自信も技量もないのなら、黙って見過ごすのが最善策だ。忠告しておくが、どちらの味方もするな。するフリをすればいい。適当にね」
「そりゃそうだけどよ……」
いつものことながら、ロイの要請は胡散臭い。エドワードの利益になりそうで、その実、裏があるのでは、とついつい勘繰ってしまう。
が、その思考を邪魔するように、ロイは一度収まった昂ぶりに触れ、再び火を灯そうとする。
「い、遺跡の出て来た土地の地主ってのは誰なんだ」
「ペール・ブレイド・ギュンター氏。一〇代以上続く領主の家系の現当主だ。しかし、現在は病を得て寝たっきりになっている。もう八〇の大台に乗ったご老体だからな。家内や事業のことは息子のジェニングス氏が取り仕切っていて、近いうちに代替わりするとの専らの噂だ。真っ先に君に接触して来るとしたら、この人物だろう。年齢は二四歳で、ギュンター氏の四人目の細君の長男だそうだ」
写真を見るか、と聞かれ、エドワードは頷いた。ちゃんと用意してあったのだろう、ロイは手を伸ばしてサイドボードからファイルを取り上げると、そのままエドワードに手渡した。
「去年発行された紳士録からの抜粋だが、写真とともにプロフィールも掲載されている。興味があるのなら、読んでおきたまえ」
くちゅ、と濡れた粘膜を開かれる感触に何とか声を抑え、エドワードは気を逸らすようにファイルを開いた。
「邪魔するなよ」
「私は何もしていない。ゆっくり見ればいい」
そう言いながらも背後から圧し掛かられ、胸元に手を回された。俯せの体勢から体を押し付けてくるのを無視するようにエドワードはファイルに目を落とすと、そこには書籍のページを開いてそのままコピーした紙が数枚綴じられていた。父親の方も息子の方もちゃんと別の段落に振り分けられており、どちらもやり手なのだということが察せられた。
写真を見る限り、父親のペール氏は厳格な性格を絵に描いたような小難しい表情をしたハゲ頭の老人だったが、息子の方はいかにも資産家のおぼっちゃんという感じの柔和で大人しそうな青年だった。
「全然似てねーな」
「母親似なのだろう」
何気に残酷なことを言い放ち、ロイは改めてエドワードに問いかけた。
「行ってくれるな、ファロンへ」
煽るように体を弄り始めたロイに、エドワードは唸った。これまで発見されていない文献や、存在が確認されていながら中身が散逸している書籍が見つかるかもしれない。胡散臭くとも、ロイの話は魅力的だった。
「どうする」
「行ってやろうじゃねーか」
「それでこそ、国家錬金術師だ」
期待通りのものがそこにはあるはずだ、とロイが吹き込む。どこまで信用できるかは未知数だが。
「現場への立入り許可はもう取ってある。君は銀時計を見せて、名乗るだけでいい」
膝を立たされ、背後から挑まれる。熱く滾ったものが殊更ゆっくりと挿入され、その圧迫感と異物感にエドワードは息を詰めた。もっとも、かなり濡れていた秘部はさしたる抵抗もなくロイを受け入れ、一気に根元まで咥え込んだ。
「あ……っく」
ロイの陰毛が腰に当たるのが判る。くすぐったいようなそれは、すぐに離れて行き、充血した粘膜をわざと擦り上げるように引き下がるなり、いきなり突き上げて来た。
ずぶっと太棹が埋め込まれ、エドワードの背筋がびくんと反り返る。
To be continued 