最も不必要な選択











 ふと気付いて、ロイは顔を上げた。司令部で残業するだけでは足りず、やむなく自宅に持ち帰った書類に目を通していたのであるが、壁にかけられた時計を見遣ると、ちょうど午前様になろうとする頃合いだった。
 「何か、物音がしたような気がしたが……」
 隣の部屋にはエドワードがいる。昼間、非番だったハボックとどこかへ出掛け、イーストシティの盛り場を駆けずり回ってさんざん遊び回り、今はさすがに疲れ果てて寝入っているはずだった。
 ほんの一時間前、セントラルの三ツ星ホテルの備品として置かれていたバスローブを着たエドワードが部屋の扉をノックして、おやすみと声をかけて行ったのを思い出し、ロイはつい口元を綻ばせた。
 夏向きの薄い生地のローブは羽織るだけで風通しのよい夜着になるため、腰帯で留めるだけという着脱の簡便さも手伝って、エドワードのお気に入りとなっていた。
 エドワードがロイの自宅に出入りするようになって、早一年。無料宿泊所のように扱われていなくもないが、思いのほか、屋内の片付けや炊事に興味を示してくれたお陰で、納屋のように物置と化していた客間やその他の空き室が立派に使用に耐えるようになり、殆ど水を飲むくらいしか立ち入ってなかった台所が本来の機能を発揮してくれるようになった。しかも、たまに冷蔵庫の中が賑やかになっていたりして、ドアを開けるのが楽しみになっていた。
 そんなことを考えながら、報告書の内容に目を戻そうとしたとたんだった。
 「……っ」
 壁を叩くような、蹴り上げるような音がした。先程の物音は気のせいではなかったようである。
 「何をやってるんだ」
 これまで部屋の中でアルフォンスとプロレスごっこをやったり、ビーチバレーの真似事をやったりして、ロイの眉を潜めさせることが多々あったが、そんな騒がしい遊びは、一度イエローカードを出して以来ご無沙汰だった。
 「ちょっと様子を見て来るか」
 もしかしたら、悪夢にうなされて寝苦しい思いをしているのかもしれない。純粋に後見人として、懸念を解消すべくロイは椅子から立ち上がり、ライティングビューローの電灯を消した。
 「そう言えば、今日はハボックが泊まって行くと言っていたな」
 エドワードの隣室に仮の私室を宛がってやったのは半年前。エドワードがイーストシティに滞在している間、ハボックは三日と空けずに通って来る。
 今朝も朝食の終わった時間にエドワードを迎えに来て出掛けて行き、そのままずっと夕方まで一緒に過ごした。猫が懐くようにごろごろと頬を摺り寄せんばかりにハボックにぴったりとくっついている姿は微笑ましい限りだったが、時に妬けないでもない。
 ハボックが現われる前は、ロイがその対象だったのである。
 己れの部下としてハボックを自宅に連れて来て、剰え護衛を兼ねて側にいることを指示したのは自分だったが、一ヶ月と経たないうちに鞍替えされたような気になる。もっとも、仕方のないこととも割り切っている。エドワードは自分を甘やかしてくれる者を見分けるのが実に上手かった。すとんと落とし穴に嵌まるように、ハボックはそのタイプだったのである。
 そんなことを思い返しながら、ロイは廊下に出て、隣室の前に立った。
 「エド……」
 と、声をかけようとして、不意にロイは息を潜めた。ノックしようとした手が、思わず宙に浮く。
 耳を潜めなくとも、扉の向こうから、切れ切れの声が聞こえて来るのが判った。足元を見ると、ちゃんと締まっていなかったらしいドアの隙間から、白熱灯の光が漏れていた。
 聞こえるのは、紛れもなくエドワードの声だったが、それはこれまでロイが耳にしたどの種類のものとも違う、切羽詰まった響きを含んでいた。
 「何をやってるんだ……」
 部屋の中でもみ合っているような気配がする。まさかハボックが何か乱暴を働いているのでは、と咄嗟にロイは思ったが、それにしてはエドワードに助けを求めている様子がない。
 危害を加えられたり、無体なことを強要されているのならば、エドワードがぎゃあぎゃあ騒いで姦しいことこの上ないはずである。余りの騒々しさに、宥め疲れたロイが閉口したことはすでに一度や二度ではない。好奇心が強いくせにびっくりしやすく、ちょっとしたことでパニックになる。それを隠そうとして強がり、余計に声を荒げるという困った性格だった。
 「エドワード、どうしたんだ」
 と、いつものように声をかけ、ロイは鍵もかけていないドアノブに手をかけた。が、しかし、ドアを半分開けた状態で、そのまま硬直してしまった。
 エドワードの部屋の中は、ロイが予想したより遥かにとんでもない情景を展開していたのである。
 部屋の中にはハボックとエドワードの二人がいた。いること自体は異常でも何でもない。ただ、二人の格好が問題だった。
 「あ……」
 ぎょっとしたように、ベットの上でハボックが振り返る。その下には、エドワードが片足を屈曲させられて組み敷かれていた。
 「な、何をやっている……」
 思わずドアの敷居が跨げず、ロイは一気に掠れた声で何とか呼びかけたものの、後の言葉が続かなかった。
 明らかな濡れ場。隠しもしない情事。
 しかも、仰向けに組み敷かれているエドワードは両手首を縛られ、ヘッドボードに括り付けられており、口には即製の猿轡が噛まされていた。
 ローブは大きく肌けられ、肩から二の腕の下まで引き摺り下ろされて白い肌が剥き出しになっていた。しかも、あからさまなほどはっきりとしたキスマーク付き。下肢はもっと派手に陵辱されており、大きく開脚された大腿が眩しいばかりだった。その中心に深々と肉棒がぶち込まれているのが、よく見なくても判る。
 足首に半分引き裂かれたようなトランクスが引っかかっており、それが余計に愁嘆場を思い起こさせた。
 「これは、いったいどういうことなんだ。ハボック」
 何とか冷静さを取り戻し、ロイは部下に命令する口調で問い質した。
 「説明してもらおうか」
 「何と言われましても……」
 決まり悪く、ハボックが身を起こそうとする。とたん、エドワードが呻いた。ぎしりとベットが軋み、苦しげに首を振る。
 まだ二人は繋がったままだった。否、真っ最中である。ロイが闖入して来たお陰で、少々接合部分が痙攣してしまったらしい。エドワードだけでなく、ハボックもぴくりと辛そうに頬をひくつかせた。
 さすがに、ロイは目を逸らせた。
 「すまない、続けてくれ。私が野暮だったようだ」
 即座に回れ右をする。合意の上でやっているのかどうかは判然としないが、このまま中途挫折させるのは余りに情けない。一ラウンド終わらせてから事情を聞いても遅くはないだろう。別に、犯罪現場ではないのである。
 廊下の方を向いたロイの背中に、エドワードの言葉にならない嬌声とも悲鳴とも言えない声が浴びせられる。それに合わせてハボックがグラインドする淫靡な音と、腰と腰がぶつかる派手な音が唱和した。
 エドワードがいつハボックとこのような関係になったのかは知らなかったが、犯っていけないことはない。否、いずれはこうなるはずだったのだ、と心の中で呟く。
 ただ、こんなハードプレイをしているのが意外すぎた。
 ロイはついこれまでのエドワードの成長記録を思い浮かべてしまった。いつの間にこんな大胆に男と交接できるようになってしまったのか、という感慨と同時に、先程感じた自分らしからぬ嫉妬心が再び沸き上がって来る。
 背後で、エドワードがすすり泣くような声を漏らす。ハボックの抽送は絶頂に近付いたようで、だんだんベットの軋みの幅が短く早くなり、忙しい息遣いが間近かに肉薄して来る。
 そのまま立ち去るはずだったロイは、何故か立ち竦んだように動けず、クライマックスまで聞いてしまった。
 「……っ」
 やがて、背中が浮き上がるほどの勢いで突き上げられたエドワードが猿轡の下から絶叫に近い声を迸らせる。
 次の瞬間、二人の動きが停止し、がくりとベットに倒れ込む。
 全力疾走した直後のような荒い息遣いを感じながら、ロイはゆっくりと振り返った。
 「さっきの物音はこれだったのか」
 エドワードが片足を力なく敷布の上に落とす。恐らくは、挿入される際に、つい壁を蹴ってしまったのだろう、機械鎧の左足で。壁紙が傷つき、線状に白く剥げた跡がいくつも刻み込まれていた。
 「すみません、うるさかったスか。余り騒がないように口は塞いだんスけど……」
 決まり悪げなハボックの口吻に、ロイは呆れた。
 「それはどういう理屈だ。別に私はうるさいからと言って叱責したりはしない。しかし、だからと言って、この状態は納得できないんだが……」
 いくら何でも、これではSMである。愛情表現と言い切っていいものかどうか、多大な疑問を感じざるを得ない。もっとも、聞くところによると、SMは究極の愛の形だと言われている。が、ロイの常識に諮れば、単なる暴力か性的虐待である。
 「お、怒らないでくれよ、大佐……」
 不意に、敷布に倒れ込んでいたエドワードが口を挟む。乱されたままのローブを直しもせず、手首と口の戒めを解かれるや前髪を掻き上げて起き上がろうとした。
 「俺が、やってくれって頼んだんだから……」
 「何故だ」
 「だって……」
 と、エドワードは照れたように俯いた。
 「普通に犯ってても、飽きるじゃねーか。ちょっと趣向を変えてみようって、俺が提案したんだ」
 「……」
 余りにあっけらかんとした理由に、ロイは絶句した。
 「飽きるほど犯っていたというのか、お前達……」
 たかが半年で。思わずショックだった。が、エドワードはハボックを手招くとその首に腕を回し、いつものように擦り寄った。
 「だって、気持ちいいし、少尉ってば上手いし、溜まってたみたいだし……」
 第二ボタンまで外したハボックのシャツに指先を這わせ、エドワードは胸元を弄るようにのの字に動かした。
 上司の前でハボックは赤面するほど困惑していたが、エドワードはお構いなしだった。こういう行為を家の中で繰り返していれば、いつかはバレることだろう。いけないことをしている意識はなかった。
 「……」
 ロイはしばらく己れの指導方法がどこかで間違ってしまったのかと慨嘆していたが、思い直す余地はあった。
 が、しかし、あられもない婉然とした艶姿がそれを挫けさせる。まさか保護者同然の後見人を挑発しているわけではないだろうが、未だ大きく寛げたままのローブの襟が艶めかしい。一〇代の若々しい肌は、隅から隅まで瑞々しい限りだった。
 「鋼の、ちゃんと身繕いしておけ。お前達のやることにいちいち文句は言わないが、その格好で居間に降りて来たりするんじゃないぞ」
 「身繕いってこう?」
 悪戯っぽくエドワードが襟を寛げる。すっかり上気してきれいなピンク色に色づいた肌が、かいたばかりの汗の臭いを撒き散らす。何をどうしたら一五のガキがそんな艶っぽさを出せるのか、ロイは頭を抱えた。
 否、男を知ってしまえば、それなりに体は変化する。色香と言うには未熟だが、それに準じる愉悦の気配を纏い始めた四肢はちょっとした衝動を刺激するのに充分だった。
 「エドっ」
 咎める声を出したのは、ハボックも同時だった。さっと前に回ると、襟を直してやる。が、ローブは一度乱されると、帯をほどいて前身頃をきちんと合わせてやらなければ、正すことができない。甲斐甲斐しいことに、ハボックは裾から払って着崩れを直してくれた。ついでに足首に絡まっていた下着を抜き取ってくれた。
 身繕いの途中で裾が翻り、エドワードの白い大腿がロイの目に映る。鍛えられた筋肉がついているくせに形のいいそれは濡れたようにてらついて、嫌が上にも睦み合いの直後を見せ付ける。
 その光景に、ロイがため息をつく。
 「いい加減にしておけ。余りやりすぎると明日に響くぞ」
 「その心配ならしなくてもいいぜ」
 と、エドワードが顔を上げる。
 「ほら」
 わざと見せ付けるように、エドワードが直したばかりのローブの裾を捲り上げ、己れの秘部を開帳する。じっとりと濡れそぼった蕾からは、二人の情事の成果がとろりと流れ出していた。
 「中出ししてるから、もう手後れだよ。明日は腰痛かな。これで何回イッったっけ。少尉のってでかいからかなり奥まで入っちまって凄いんだ。三年ぐらい女日照りしてたみたいに食いついて、がんがん突き上げてきて、壊れそうになる。あそこの中だってじんじんして、頭まで痺れる。それでもまだ足りなかったりするんだよな」
 と、エドワードが二本の指で己れの中心部を広げ、中に射精された液体を溢れさせた。どろりと白濁したそれは、見るからに、ここに男の欲望が激しく出入りしたと告げている。赤く腫れぼったくなった粘膜の色と相俟って、卑猥であからさまで淫靡なものだった。
 「やめろ」
 さすがにロイが叱咤の声を上げる。つかつかと近付くと、その顎を掴み上げた。
 「酔っているのか」
 「うん」
 へへへ……、とエドワードが笑う。視線を隣に移すと、ハボックを睨み付けた。
 「すみません。スクリュードライバーをグラス二杯とコークハイ、ウィスキーと焼酎を水割りでグラス一杯ずつ。つい調子に乗ってしまいました」
 「そのようだな」
 ロイの手から逃れると、エドワードは敷布に寝転び、メス猫が雄を誘うように頬を擦り付けた。一応、アルコールには強いが、羽目を外すととことんまで極めてしまうタイプらしい。
 「酔うといつもこうなるのか」
 「はぁ、まぁ……」
 色々あったらしい。詳細を報告するのはさすがに口はぼったいのだろう。ロイも醜態レポートを積極的に聞きたいわけではない。警察沙汰にならなければそれでいいと割り切り、ため息をついた。
 「今日は特別酷いようスけどね」
 何か、荒れるような出来事でもあったのか、とハボックは問い詰めたいようだったが、敢えてロイはそれを無視した。
 「どうすれば収まる」
 「それは……」
 ハボックが言いにくそうに視線を逸らす。ロイは回答の先取りをしてやることにした。
 「気が済むまで付き合ってやってやることにしていたのか」
 「はい……」
 「よく体力が持つな」
 ロイは感心した。
 「まだロウティーンすから」
 「エドワードじゃない。お前のことだ」
 ため息交じりの声に、ハボックは沈黙した。ロイの前で、常々この部下は恋人が欲しいとほざいていたが、女に振られ続けたからと言って、いくら何でも一八〇度転回して、未成年の少年に手を出さなくてもいいだろう、と思う。そこまで不自由していたのか、とは言わないが、予想外の組み合わせだった。
 「なーに、男二人で納得してんだよ。俺をこのまま放っておくつもりかよ」
 焦れたようにエドワードが半身を起こし、不貞た口調で頬を膨らませる。
 「少尉、来いよ。続きをやろうぜ。俺、まだ満足してないんだ。今日はまだ二回しか犯ってないだろ。恋人を欲求不満にしておいていいのか」
 どういう理論か知らないが、エドワードが抗議の声を上げる。几帳面なことに、ハボックが慌ててベットの方へ戻って行った。
 「すまんな」
 「ほら、脱いで脱いで」
 すでに第二ボタンまで外されていたカッターシャツに手をかけ、エドワードが前を肌けさせる。仕舞ったばかりだというのに、スラックスのベルトをバックルから実に手慣れた様子で抜き取り、自分からハボックの上に馬乗りになった。
 「……」
 無言でロイは回れ右をすると、部屋から出て行こうとした。子飼いの手駒が自分の知らない世界に行ってしまおうとしているが、所詮は恋愛に関して己れの口出しする筋合いではない。
 「あ、待てよ」
 ドアノブに手をかけたところで、気紛れのようにエドワードが呼び止めた。
 「もう帰っちまうのか。愛想ねーな。どうせなら、大佐も混ざってかねーか」
 「何を言っている」
 思わず、振り返ってしまう。その刹那、エドワードに組み敷かれた状態のハボックと目が合ってしまった。
 「本当に酔っているな」
 気まずい空気をどうにか誤魔化そうとロイはアルコールの惑いに逃げ場を見出そうとした。が、エドワードはそれをせせら笑う。
 「意識ははっきりしてるぜ。明日になってもちゃんとあんたのことは覚えてるからな」
 そう言いながら、娼婦のように手招きする。
 その、どこか「女」の自信を秘めた瞳の色に、ロイは覚えがあった。どこか陶然として、そのくせ警戒心ともとれる恐れのようなものを潜ませた表情だった。ロイが己れの誘惑に乗るかどうか、じっと用心深く観察しているのだろう。
 「……来いよ」
 エドワードが掠れた声で誘う。
 欲情した、艶っぽい声音にロイはたじろいだ。己れの領域に男を引き込む魅惑的な手管の片鱗をちらつかせ、気のある素振りを垣間見せてはもっと近くへ近くへと引き寄せる。
 まずいことに、ロイは一年前にも、同じような光景を見た覚えがあった。それが鮮やかに脳裏を過ぎる。
 あの日、エドワードはリビングルームのソファに横たわり、夜着の上衣だけを身に羽織ったしどけない格好で、泣きはらした瞳をロイに向けた。蛇蝎の如く非難され、詰られることを予想していたロイは、しかし、次の瞬間、成熟した女が持つ意味ありげな視線を送られ、酷く戸惑った。
 ――来いよ。
 と、エドワードは言った。聞き間違いではなく、確かに誘惑の言葉を吐いたその表情は、疲労の色こそ刷かれていたものの、嫌悪や拒絶のような悪感情は微塵もなかった。
 ――聞こえなかったのか、来いよ。
 エドワードの声は冷静だった。戸惑うロイに、エドワードは胸元を開いて見せた。
 白い肌にくっきりと残るキスマークと擦り傷。更にボタンを外し、開脚されたばかりの下肢を曝け出して、見せ付ける。
 まだ幼かった性器は痛々しく引き裂かれ、殆ど色のないデルタの奥から少量の出血を伴って、白濁した液体をとろとろと溢れさせていた。独特の匂いが鼻をつき、ロイはため息をつきたくなった。
 ――来いよ。もう一回犯ろうぜ。
 エドワードが片手で手招きする。その仕種と瞳の色の強さがオーバーラップした。気が遠のくように現在時に引き戻され、ロイは苦虫を噛み潰した。
 一年前の過ちは、未だ健在だった。
 「エドワード、私は……」
 軽く首を振ると、ロイはその誘いを払いのけようとした。罪悪感がなかったわけではないが、後悔はしていなかった。ただ、気後れしてしまった。それをエドワードは承知しなかった。
 「責任取るんじゃなかったのか」
 あの時の。
 「……?」
 話が見えず、ハボックがきょとんと下からエドワードを見上げる。それへ、エドワードは無邪気とも言える笑みで報いた。
 「大佐に見せてやろうぜ」
 エドワードがちろりと舌舐めずりする。肉感的なそれは、ハボックに嫌な予感を感じさせるのに充分だった。
 が、構わずエドワードはファスナーを下ろしたスラックスの中から半ば変化しかけた男根を取り出すと身を屈め、露花の唇を開いた。
 「……っ」
 鈴口を軽く舐められ、ハボックがびくりと反応する。それを見届けてから、エドワードは根元に手を添え、先端にちろちろと舌を閃かせてからかうような愛撫を始めた。
 二度イッたにも拘らず、ハボックの感覚は鋭敏だった。エドワードの舌が舐める面積を徐々に増やして、傘の部分までを口に含む頃には、肉棒は目に見えて逞しく怒張し、硬度を増して立ち上がり始めた。
 「こいつの、結構立派だろ。こうやってしゃぶられるの、好きなんだよな。ほら……」
 と、エドワードが男根を竿の半ばまで含み、舌を絡めて吸い上げる素振りを見せた。
 「う……」
 ハボックが思わず声を漏らし、敷布を掴む。構わずエドワードは頭を上下に動かし、グラインドするように口に含むと、口蓋や喉に当たるほど深く咥え込んだ。
 「気持ちいいか」
 「あ、あぁ」
 ハボックがぎこちなく頷く。エドワードはいったん口を離すと息を継ぎ、赤く血の色に染まった舌先を見せて再びフェラチオに戻った。
 濃厚な愛戯は、エドワードが勃起しきった肉棒を舐め上げ、しゃぶり尽くすそうと舌を絡めるたびにぴちゃぴちゃと卑らしい音を立てることで強調された。
 亀頭に先走りの液体が滲むと、エドワードはそれを残らずすすり上げ、根元を押さえた指先でも扱くようにして愛撫を施した。
 いったいどこで覚えたのか、素人にしてはなかなかのテクニックだった。否、ハボックが教え込んだに違いない。
 「エド、もういいぞ」
 「ん……」
 ハボックに押し留められ、エドワードが顔を上げる。口元を拭うと、ちらりとロイへ視線をやった。
 「……」
 平静さを何とか取り戻してはいたが、先程とは違う気色ばんだ雰囲気を感じ取り、エドワードは北叟笑む思いだった。いつも冷静沈着で、取り乱した様など全く見せない完璧な「大佐」が動揺している。
 それを感じ取るだけでエドワードには快感だった。仕返しでもしたような気分になる。
 挑戦的で、怖いもの知らず。
 ロイの見ている前で、エドワードはハボックの天を向いたそれの上に腰を下ろして行った。
 「はっあぅ……」
 ずぶりと、先端部分がエドワードの秘部を穿ち、そのままずぶずぶと根元まで呑み込まれて行くのを、ロイは目の当たりにすることになった。
 接合部分が大きく広がり、銜え込むという表現が似合い過ぎるほど似合う様で、時を置かずエドワードはハボックの男根を全て己れの中に迎え入れた。ゆっくり味わうように収縮し始めるのに合わせて、エドワードが腰を前後に揺すりだす。
 余りにも慣れた騎上位の接合だった。
 「あぁ……、いっイイ……っ、いいよ、これ……。気持ちいい……」
 陶然と、エドワードの瞳が宙をさ迷う。息を継ぐように仰け反り、片手を背後に回すと、ハボックの脛を探し、そこに手を置いた。
 「いっ、いいよ、動いて」
 掠れた声で、エドワードが指示する。即座に、ハボックが腰を突き上げた。
 「あぅっ、んっ、あっぁぁっ」
 一気にエドワードの声が切なく溶け出す。背筋が弓なりに仰け反り、白い喉が晒される。下肢だけでなく上半身を跳ね上げる勢いで、エドワードはリズミカルに上下に揺すり上げられ、腰と腰がぶつかり合うように突き上げられた。
 見え隠れする局部に余りにもスムーズに出し入れされる行為は、生々しくも淫靡で不道徳な光景をロイに見せ付ける。
 「あ、あぁ……」
 ハボックのものを咥え込んだエドワードは、肉襞の一枚一枚をめくり上げられるような擦過感に晒されながら、疼いて止まないスポットを擦り上げられ、鋭い快感に何度も打ち震えた。背中にびっしょりと汗をかき、それが煌めきながら流れて行く。
 喉が干上がるようだった。薄い内壁をいささか乱暴に擦り上げられ、摩擦されるごとに体が熱く燃え上がり、あられもない嬌態を曝け出す。緩やかに腰をうねらせ、ハボックの好む動きで下肢を回転させているのが、端から見ていてもよく判る。お互いの感じる場所を熟知しているのだろう。そこを集中的に攻め立て、息つく暇もなく激しく刺激し、追い立てる。
 「大佐……」
 ぐちゅ、ぐちゅ、と粘膜が擦れ合ういやらしい音に触発されるように、ロイはエドワードに手を伸ばした。
 それを、エドワードは意味ありげな笑みを持って待ち構えた。ハボックの男根にエドワードの秘部から流れ出た液体が伝い落ちているのがはっきりと見える。やがて、それは泡立ち、抜き差しするたびに飛び散っては腹の上に白い飛沫の跡を残す。
 その、見事としか言えない四肢を、ロイは一度は手に入れたはずだった。
 「大佐……、来いよ……。犯ろうぜ、いいこと。……っはぅくっ」
 ぐっと突き上げられ、エドワードが苦痛の表情を見せる。早くも絶頂が近付いて来たらしい。
 「あっぁっ、し…少尉っ、うっあぁっ」
 びくんとエドワードが白い喉を見せて仰け反る。それが合図のようにハボックの大腿が小刻みに震えたような気がした。
 「う……」
 エドワードに上手く唆され、導かれたのだろう、責めているはずのハボックの方が辛そうな顔をした。
 「も、もう……っ、はあぁぁ……」
 いやいやをするように首を振り、エドワードは誰が止める間もなく、性急に頂点へと駆け上って行った。
 「……っ」
 きゅうっとエドワードが身を竦めるように肩を寄せる。それがハボックにとっても誘い水になった。
 「ああぁぁ……」
 エドワードは一気に昇り詰め、ロイの手をしっかりと握り締めた。
 「くっ」
 びくびくとエドワードの秘部が震撼し、その後を追うように、怒張したハボックの男根が精液を吐き出した。
 何の防護処置も取っていないそれは、二人の結びついた狭間から溢れ出し、互いの下肢を汚した。
 「た、大……」
 繋がったまま、しかし、エドワードは握ったロイの指先に口付ける。否、しゃぶるように口に入れ、ねっとりと舐め始めた。
 「エドワード」
 ロイが掠れた声で呼びかける。が、制止する響きがないと見て取ったのだろう、エドワードは舌での愛撫をやめようとはしなかった。
 「エドワードっ」
 堪りかねたようにロイが手を引き、突き放そうとする。
 「あ……」
 エドワードの体が揺らぐ。が、倒れる前にロイの腕がそれを掬い取り、いささか乱暴に引き寄せた。
 その拍子に、秘部に深々と挿入されていたハボックのものがずるりと抜ける。
 「……っ」
 張り出した傘が肉襞のいくつかに引っかかったのだろう、びくりとエドワードが身を竦める。薄いローブを通して、波打つ肌の感触が感じられた。
 その刹那、ぞくりとした覚えのある感覚がロイの躯幹を侵した。
 一度手に入れたら、離したくなくなる。そんな思いに囚われた瞬間。一年前にも味わった感覚だった。それはほんの数秒蟠った後、突如として暴走を始め、とめどなく荒れ狂う。
 「ハボック、こいつを洗ってやって来る。悪いが、先に休んでてくれ」
 気がつくと、そんな台詞を吐いていた。
 そのままエドワードを抱き上げ、肩でドアを開けると、ロイは、どう返事をすべきかきょとんとした表情のハボックをよそに、廊下に出てバスルームに向かった。



 バスルームは一階の居間を通り抜けた奥にある。そこまでロイはエドワードを連れて行き、ガスを点火させると、ガラス戸を開けて中に入った。
 「あ……」
 いったんエドワードをタイルの床に下ろし、ロイはまるで奪い取るように着崩れたローブを剥ぎ取ると、シャワーのコックを捻った。
 「うわっ」
 最初は水が出た。もろに頭から被ってしまったエドワードは悲鳴を上げて身を竦め、床の上で寒そうに震えた。
 「す、すまない」
 慌ててシャワーヘッドを取り、向きを変える。冷水の直撃は避けられたものの、濡れてしまった肌は冷えて鳥肌が立っていた。
 しばらくするとボイラーの湯が沸き、湯気が立ったのを見計らってロイはエドワードの体を洗ってやるべくそっとシャワーをかけてやった。
 「う…っぷ」
 頭から湯をかけてやったため、一瞬窒息しそうになる。が、水を浴びたことが、結局は酔いを覚ます手助けになったらしく、エドワードは猫がするように首を振って髪の毛から雫を飛び散らせ、一息ついた。
 「大佐……」
 エドワードがぽかんと不思議そうな顔をしてロイを見上げる。
 「やっと醒めたか」
 どこまで正気に戻ったかは判然としなかったが、少なくとも淫乱性のような娼婦じみた雰囲気はいくぶん払拭され、エドワード本来のガキっぽさが戻って来た。
 「ずいぶんと酒癖が悪いのだな、君は。知らなかったよ。しかし、もう大丈夫だな」
 「う、うん……」
 髪の毛の水気を切り、顔を洗うように手の甲で頬や額を拭うと、エドワードは今気付いたように己れの姿にはっとした。
 咄嗟にばつの悪い顔をするエドワードに、ロイは苦笑した。
 本来、男なしではいられないセックスマシーンではない。ちょっとした誘惑の真似事をしてよろめいて見せただけである。それを確認し、ロイはエドワードから離れるべく、浴槽の縁から立ち上がった。
 「後は自分でできるな」
 「どこ、行くんだよ」
 「部屋に戻る」
 まだ仕事が残っているのだ、と敢えて素っ気なく言い放ち、ロイは背を向けた。これ以上ここにいれば手を出してしまいそうだった。もうエドワードにはハボックという恋人がいるのであるから、大人らしく身を引くのが己れの取るべき当然の態度だろう。それでなくとも、無理矢理体を開いてやったという過去は限りなく気まずい。
 が、しかし、エドワードは反射的にロイのシャツの裾を掴むと、シャワールームを出るのを阻んだ。
 「逃げるのかよ」
 「エド」
 「代わりを押し付けて、それで自分はトンズラか。ズルイんじゃねーの」
 思ったより、エドワードの声はしっかりしていた。口調も厳しく、ロイを責め立てる。
 「何のことだ」
 「惚ける気かよ、あれだけのことをやっておいて」
 「……」
 つい、ロイは動きを止めてしまった。こちらの思惑を、エドワードは気付いてしまっている。それは意外なことではあったが、心のどこかでうすうす納得していたことでもあった。
 「ハボック少尉をここに連れて来た時、あんたのお気に入りだってすぐに気付いた。俺を遠ざけたかったはずなのに、自分の手の届くところに置くために奴を宛がってるんだってことくらい、判ったぜ」
 「……」
 「それとも、そんなことにも気付かないほど、俺ってボケてるって思った?」
 「……いや」
 苦々しく、ロイは肯定した。必ずしも意識してやったことではないが、結果的には指摘通りである。反論することもできず、ロイはただエドワードに背を向けた。
 「こっち向けよ」
 エドワードの声が掠れる。男を惑わせ、誘い込む、魅惑的な声だった。
 「こういう情況なんだ。どうせなら犯ってけよ」
 何の駆け引きもない、当然と言わんばかりの口調だった。自棄になっているのでないことは判ったが、ロイは躊躇った。本気で言っているのだろうか。それへ、エドワードは笑って見せた。
 「ここまで来たんだ。ちょっと悪戯してっても、少尉には判らないって」
 「イタズラか……」
 ロイはやれやれと肩を竦め、それでもドアを閉めると着ていたシャツを脱いだ。
 「ハボックと穴兄弟になるとは思わなかったがな」
 「ひでぇこと言うんだな。少尉は、初めて大佐のものを俺が手に入れたって喜んでたぜ。いつもは取られてばかりだからって」
 「そんなに何度もあったわけじゃない」
 「でも、一度ならず、二度三度とあったんだろ」
 「まぁな」
 それとなく認めながら、ロイはエドワードの下肢を抱き寄せ、濡れた肌の感触を味わいながら、半ば開いた唇を塞いだ。
 「な、中のもの、掻き出さなくていいのかよ」
 「そうだな」
 掻き出しても、またロイの欲望が注ぎ込まれる。その予感に、エドワードはどきりと胸を高鳴らせた。こんなチャンスは二度とないかもしれない。そう思うと、やっと己れに触れてくれた男の背に回した腕に力が篭った。
 二人でシャワーを浴びながら舌を絡ませ、夢中で吸い上げる。身長差のせいでエドワードは爪先立ちになっていたが、その負担も忘れるほどの甘美な感覚だった。
 やがて、ロイの指と舌先がエドワードの体を弄り始める。可愛らしい乳首には微かな噛み跡があったが、他に傷らしい傷はなく、いくらSMまがいの行為を楽しんではいても、本格的に傷つけ合うような真似はしていなかったようだった。
 つい、ほっとする。これでエドワードが血が出るほど噛んでくれとか、異物を挿入してくれとか、風呂場であるのをいいことに、エネマシリンジを使えと要求してきたりしたら怖い。いくら遍歴を重ねていても、ロイにそういう趣味はなかった。
 「エド……」
 するりとロイの片手が背中のラインを辿って腰まで滑り落ち、僅かに開いた足と足の間から指を日本差し入れ、先程までハボックが占領していた秘部に触れた。
 「……っ」
 びくりとしたのを気付かないふりでロイは指先に圧力を加え、ゆっくりと埋め込んで行った。さすがに太棹でさんざん嬲られた後では、指の二本くらい余裕で呑み込み、すんなりと根元まで挿入することができた。
 「あ……」
 ぶるっとエドワードの縋りつく手が震える。が、秘部の中は熱く爛れ、ロイの指を待ちかねたように締め付けるや絡みついて来た。はしたないことに、エドワードの前の部分も反応し始め、ロイを北叟笑ませた。
 「ずいぶんと淫乱な体にされたものだな。そんなにハボックとのセックスはいいのか」
 「い、イイよ……、気持ちいい……。どうして、今までちゃんとした恋人がいなかったのか、不思議なくらいだ……。アレだって大きいし、イイところを見つけるのも上手いし、持続力もあるのに……」
 惜しむらくは、好みの女に出会ってからの押しが弱いのが致命的だった。アプローチする際、積極性に欠けていると、どうしても相手は引いてしまう。今回はエドワードが押しかけ女房的に迫ったため、関係が成立してしまった。いったんそういう仲になると、ハボックはいいパートナーだった。敢えてロイが余計な手間をかけなくとも、二人の間は存続していただろう。
 「……っ」
 びくっとエドワードが身を竦める。ロイの指の腹が内壁に隠れたしこりに触れたようだった。
 「ここか。ここをこうすると……」
 ぐりっと強めに撫で上げてやると、感度よくエドワードは息を呑んで身を震わせた。とたん、秘部の中が変化した。きゅっと締まったかと思うと小刻みに蠕動し、ロイの指を舐めるようにうねり始めたのである。暖かく包み込むようなそれは、物足りなさを訴えて次第次第に欲望の疼痛を生じせしめる。
 空いた手で鼠蹊部をなぞってやると、エドワードが吐息をつくのが判った。
 「欲しいか」
 きついだけだった一年前とは比べものにならないほど熟した体だった。エドワードに問いかけながら、己れの方が欲求の衝動に押し流されてしまいそうになる。ハボックには悪いが、この体を味わいたかった。
 「エド、後ろを向いて、浴槽の縁に手を突いて」
 そう言うと、一度ロイはエドワードの体を離した。ずるりと指が抜かれる感触に声が漏れ、力も抜けたようだったが、構わずロイはエドワードを前屈みの姿勢にして、足を開かせた。
 そして、己れのものを取り出し、ひくつく入り口に先端を押し当てた。
 「は…っあぅ」
 ぐいっと括れの部分までが埋没する。エラが引っ掛かったような手応えを感じ、ロイは挿入の角度を微妙に変えると、そのまま一気にインサートした。
 「……っ」
 下腹部の奥深くまで圧迫感が湧き起こり、エドワードが上半身を仰け反らせた。ぎゅっと浴槽の縁を握り締め、腕を突っ張らせるのが見え、ロイは満足げに笑みを漏らした。貫かれる刹那の反射的な動きだろうが、そのお陰でエドワードの下肢が突き出され、挿入を援助する形になった。
 「ああ、届いているな」
 ロイのものが根元まで没入していた。侵入して来た鉄の楔を無意識に締め付け、きわどく歓待するエドワードの体に感心しながら、ロイは腰を前後に動かし始め、揺すりたてた。
 粘膜と粘膜が擦れ合う生々しい音が断続的に聞こえて来たが、すぐにシャワーの音に消され、エドワードは言葉にならない、吐息のような掠れた声を、突き上げられるたびに漏らしては、男に犯されているという情況を呑み込んで行った。
 何度か貫かれた秘部の入り口は熱を帯びて熱くなっていたが、それ以上に燃え上がっていたのは、濡れたままの内壁だった。
 シャワーの湯気が二人から立ち昇る体臭を消していたが、そのうちそれも凌駕して性器が結び付き、離れ難く接合する気配に支配されてしまう。背後からの挿入は、思ったより自由にロイの動きを開放し、エドワードを攻め立てて行った。
 快感と呼ぶには程遠い、熱の籠ったピストン運動は、しかし、やがてエドワードの四肢を痺れさせ、躯幹を貫く勢いで欲望のただ中へと押し上げていった。



 二人が睦み合っていたのは一〇分か二〇分だっただろう。きちんと汚れを落とし、ハボックがうとうとしているベットに、エドワードは無造作に潜り込んだ。
 「もう戻ったのか」
 「あんたをほっぽって、ゆっくりしてられねーだろ」
 「いい匂いだな。石鹸か? それともシャンプーか?」
 言いながら、ハボックはエドワードの体を引き寄せ、腕の中へと誘い込んだ。ロイと何をしていたのか知らないわけではないだろうが、敢えて気付かないふりをしてくれる。
 「石鹸じゃないか。髪は洗わなかったから」
 「そうか」
 もう眠ってしまうのだろう。エドワードはハボックに身を預けると目を閉じた。が、一つだけ確認しておきたいことがあった。
 「なぁ、大佐のお手つきをもらったなんて思ってるか」
 「いいや。お前はどうなんだ」
 「思ってねーよ。俺はあんたが好きだから、こうしてんだ」
 「俺も同じだ。余計なことは考えなくてもいい」
 「そうだな」
 ロイがハボックからエドワードを取り上げようと思っても、すでに手遅れだった。未練や情があるというわけではなく、ちょっとした味見であるのは明白で、エドワードにしても、自分がどれほどロイの食指を動かすことができるか、試してみたかっただけである。一〇代の後半は、性的な意味で男も女も豹変する時期であり、たった一年で別人のように魅力的になることもある。成人した大人とは変化の速度が全く違う。ロイはそれを見誤っただけだった。
 これで目的は達した。
 もう思い残すことはない。
 明日は、いつの通りの顔で朝食を取ることができるだろう。
 そう確信して、エドワードは毛布を引き寄せ、心地よく夜風を頬に感じながらハボックに擦り寄った。



了 二〇〇五年九月一七日