納得の行きかねる理由








 イーストシティから数えて六つ向こうの駅の近くにある国家錬金術師関連の施設で来月発行される予定の研究書のゲラ刷りをもらって来るようロイから要請があったのは、二日前。
 偶々その隣町に滞在していたエドワードが、面倒だとか、この俺をパシリに使うつもりかとか、自分で取りに行けとか、俺にだって予定があるんだとか、さんざんごねた挙げ句、連絡役兼護衛としてロイから遣わされたハボックに無理矢理引き摺られてイーストシティ行きの列車に放り込まれたのは、その次の日、今日の朝のことだった。
 「そんなにむくれるなよ。ほら、立ってる者は親でも使えって言うじゃねぇか。今、東方司令部の方は大掛かりな組織の捕り物で猫の手も借りたいほどなんだ」
 と、ハボックは列車の椅子に腰を下ろして以来、ぶすっとしたままろくに口もきかないエドワードを何とか宥めようとしていたが、なかなか手強い相手だった。
 そんなの俺の知ったことか、と言い返したいに違いない。確かに、軍令側の都合などエドワードには関係のないことである。ロイの部下でもないのであるから、強制力のある命令を聞く義務も受諾する理由もない。が、同じ軍管区に所属する国家錬金術師として全く無視するわけにもいかず、その余計な「付き合い」のような要請が、酷く腹に据えかねる。
 否、無下に断れない自分に一番腹が立つ。その怒りのやりどころが見つけられず、八つ当たりに走ってしまう己れに、また腹が立つ。
 処置なしか、とだんまりを決め込んだまま窓の外に視線をやるエドワードの憮然とした横顔に、ハボックがため息をつきかけた時だった。
 座席と座席の隙間の通路を歩いていた客の一人が、ふと二人の前で足を止めた。
 「テッド?」
 そう呼びかけられ、殆ど反射的にエドワードが顔を上げた。
 「え……」
 そこには一人の青年がいた。エドワードの瞳に戸惑いの色が浮かび、しかし、すぐに喜色に変わった。
 「ジョゼフ……?」
 「ああ、やっぱりテッドだ。久しぶりだな。元気だったか」
 「あんたこそ」
 思わず、と言った素振りでエドワードが立ち上がる。ジョゼフと呼ばれた男は、きっちりと軍服を着用した、見るからに将校然とした軍人だった。年の頃は三〇代半ばだろう。髪の毛は濃い茶色で短く刈り上げていたが、目の色は両眼ともエドワードと同じ金目だった。
 「こんなところで何やってんだ。リゼンブールから出て来たのか」
 「それは俺の台詞だ。あんたこそ、何年も音信不通でどこ行ってたんだよ」
 「すまんな。連隊本部が移動しちまったもんだから、すっかり縁遠くなっちまって。それより、アルフォンスはどうした。お袋さんは元気か」
 「アルはここから六つ離れた駅にいるよ。ちょっと野暮用ができちまって……。それと、母さんは四年前に亡くなった。葬式の時、あんたに知らせようと思ったのに、全然捕まらなかった」
 「そうか、そりゃ残念だ」
 ハボックを置き去りにして二人の会話が進む。どうやら、この男はエルリック兄弟の昔馴染みらしい。ちなみに、「テッド」というのは数ある「エドワード」の愛称の一つで、他にも、テディ、ネッド、ネディなどがある。が、しかし、ハボックが知る限り、エドワードが己れを「エド」以外の愛称で呼ばせていたことはこれまで聞いたことがなかった。それだけに不思議な感じがする。全く別の人間がいきなり現われたような錯覚に、しばらくハボックは口を挟まずにいた。
 「で、どこへ行くんだ」
 「イーストシティだよ。あんたは?」
 「偶然だな、俺もだ。昨日、いきなり原隊の元連隊長に呼び出されてな。向こうに着いたら早速古巣のお歴々にご挨拶しなきゃならん。因果な仕事だ」
 「少しは出世したのかよ。前に会った時は、大尉だったけ」
 「今じゃ中佐だ。第四〇八連隊付の」
 「四〇八?」
 「北部だ」
 注釈を入れるように、ハボックが教えてやる。東西南北の各方面軍によって頭につける数字が違うため、連隊番号でだいたいの所在地が判るのであるが、連隊本部を統括する連隊長の名前までは咄嗟に思い出せなかった。
 「すまん、テッド。こちらは? 俺と同業者のようだが……」
 「ジャン・ハボック少尉。東方司令部付きで、今回俺のお目付け役だよ」
 やっと紹介されて、ハボックは軽く会釈して見せた。それへ、ジョゼフはきちんと返礼した。
 「東方司令部か。お前、また何かやらかしたのか。護送中の容疑者みたいに畏まってると思ったら……。お前は昔からろくなことやらなかったからな。近所の牧草地を荒らして放牧牛を逃がしたり、柿の木を伝って人んちの家の屋根に上って天井を踏み抜いたかと思えば、洞窟探検だとか言って友達を置き去りにしたり、挙げ句はアルと二人で行方不明になって村中総出で捜索隊を繰り出すなんてえらい騒ぎを起こしたりしたっけ」
 「よせーっ」
 過去の所業をバラされ、エドワードがあわあわと慌てる。今更白日の下に晒されて困るようなものはないだろうが、さすがに恥ずかしいらしい。
 「で? また何をやったんだ」
 「『また』ってのは余計だ。司令部のマスタング大佐に届けもんがあって、そこへ行く途中なんだ」
 「ああ、あの焔の錬金術師殿。ということは、ハボック少尉はマスタング大佐の部下なのか」
 「大佐をご存知なんスか」
 「顔見知りというわけじゃないが、名前はよく聞く。時間ができたら、是非挨拶に伺いたいと言っておいてくれ。連隊長はエストラーダ大佐だ。多分、知っていると思う」
 「判りました。伝えておきます」
 「じゃあな、テッド。俺は市内のコンチネンタルホテルに泊まる予定だから、暇があったら遊びに来てくれ。歓迎するぞ」
 「一六番街にあるヤツか。あそこなら行ったことがある。あんたに会ったってアルフォンスにも知らせておくよ」
 「頼んだぜ」
 そう言い交わすと、ジョゼフは何を急いでいるのか、手にしていた荷物を置くこともなく、再会を約して立ち去った。
 「どういう知り合いなんだ」
 ジョゼフの姿が見えなくなってから、ハボックはエドワードに問い質した。軍人の昔馴染みがいるなど初耳である。町や村に駐屯している中隊の兵士が地元の住民と馴染んでしまうのはよくあることで、家族ぐるみで付き合いのある者も珍しくないのだが、士官ともなれば、そう気安くはいかない。特に中尉(中隊長)以上の軍人は兵士にとっても一般人にとっても雲の上の人も同然だった。それだけに、どういう関係なのか興味が湧いた。
 「母さんの親戚だよ。従兄弟だったかな、はとこだったかな。あ、いや、叔父だったっけ?」
 言いながら、エドワードが首を捻る。どうやらはっきり覚えていないらしい。
 「おいおい、しっかりしろよ。親族なんだろ。ちゃんと覚えてないなんて酷いぜ」
 「親戚とは絶縁状態だからな」
 「絶縁?」
 「ホーエンハイムなんて得体の知れない男と、しかも、正式に結婚せずに同棲してたんだ。親族がいい顔をするはずないだろ。一切の交際を断絶するって条件で二人の仲を黙認してもらってたんだ。だから、親戚って言われてもピンとこなくて……」
 困ったようにエドワードは内情を吐露した。確かに、シングルマザーとなることを前提とした事実婚など、まともな親や親族ならこぞって反対するだろう。それでも同棲を続けたため、どういうトラブルが起こっても援助を望むな、という制裁が下されたということである。
 「ジョゼフも母さんと同じで、親から勘当された身だって聞いてる。昔は手のつけられない不良だったとか、やばい商売に手をつけていたとか、色々やったらしいけど、詳しいことは俺も知らないんだ。家を飛び出して、あちこち放浪した果てに軍人になったって」
 「軍に入れば、少なくとも食いっぱぐれる心配はないからな。しかし、運がいい」
 故郷を離れて行き場のなくなった若者が、年齢制限なしで学費免除の上、衣食住も保障してくれる下士官養成所や士官学校に入校して教育を受け、卒業した後、職業軍人として勤務するというのはよくある話だった。ある意味、失業対策にもなっており、その典型的なルートを、ジョゼフは辿ったらしい。
 もっとも、体力的・思想的に問題のある者、軍律に従順でない者は訓練の途中で振り落とされる。兵卒ならばともかく、下士官や士官など指揮権を持つ階級に就くのはそう簡単ではない。
 つまるところ、能力はあるのに一〇代の頃グレて道を外していたという青年だったのだろう、ジョゼフは。ハボックにもいくらか身に覚えがあった。
 「今も勘当されたままなのか」
 「ああ、家には戻ってないって言ってたな。いや、戻るつもりもないらしくて、俺も親戚の話ってのは全然聞いたことがないんだ。会ったこともないし」
 会うつもりもない、とエドワードは続けた。今更だと思っているというより、純粋に興味がないようだった。
 「そうか……」
 ずいぶんと侘しい幼少時代を送ったらしい。ジョゼフとは嫌われ者同士で交流があったのだろう。が、エドワードはそういうことをさらっと受け流す。総スカンを食らっていたことなど殆ど気にしていないようだった。親族の援助が受けられれば、母親が早死にすることもなかったかもしれないのに。
 「あ、でも、変な勘繰りするなよ。大佐にも、ジョゼフと俺との関係はバラすなよ」
 「判った」
 どこか強がりを感じながらも、ハボックは頷いた。どこかのお喋り女でもあるまいし、他人の家庭の事情をあれこれ突付き回っては周囲に吹聴して楽しむような下世話な趣味は持ち合わせていない。
 そんなことよりも、次の駅はイーストシティである。到着するまで五分を切っており、降車する用意をしておかなければならなかった。
 「駅にブレダが迎えに来ているはずだ。そのまま司令部へ行くぞ」
 「急いでんだな。そんなに大事な記事が載ってるのか、これ」
 と、エドワードは己れの脇に置いたゲラ刷り原稿の束に手をやった。ロイに渡すまで開けるなと言われているため、内容は知らないのだが、発行される前に目を通したいというのなら、それなりに重要な論文かレポートが掲載されているに違いない。
 が、エドワードの問いかけにハボックは煙草を咥えたまま無言で肩を竦めて見せた。
 「ご免、聞いた俺がバカだった」
 「何気にヤな奴だな、お前」
 何だかんだ言い合いをしている間にも列車は快適に線路を進み、やがて、イーストシティの駅舎が見えると同時にプラットホームへと滑り込んで行った。
 ホームの端から端までは長い。ジョゼフもここで降りたはずであるが、改札を抜けても、駅舎に入っても、その姿を見ることはなかった。
 特に気にすることもなく二人は東方司令部に直行し、ロイの執務室へと足を向けた。が、ふざけたことに、当の本人は外出中だった。
 「何だよ、人を呼びつけておいて……。コケにしてんのか」
 「まぁそうむくれるな」
 聞けば、エドワード達が到着するほんの一〇分ほど前に急な呼び出しを受けて出掛けざるを得なかったのだという。
 「どういう用件だったんだ」
 スタッフルームで、これでも食って機嫌を直せとばかり駄菓子を差し出され、エドワードはゲラ刷りを持ったままハボックに噛み付いた。
 「昨日、郊外にある施設が全焼しちまったんだが、どうやら放火されたらしくてな。その現場検証に立ち会って欲しいって、憲兵隊本部から要請されたそうだ」
 「焔の錬金術師だからか。安易だな。何の施設が燃やされたんだ」
 「それがな……」
 と、エドワードの隣に腰掛けたハボックは言いにくそうに告げた。
 「戦災孤児を収容してた施設だ。在郷軍人会の有志が募金を募って、二〇年くらい前に設立したんだ。最近は戦災以外の理由で孤児になった子供も収容してたそうだが、俺も詳しいことは知らねぇよ。一応、軍関係の施設だからな、こういうトラブルが起こると、真っ先に駆り出されちまうんだ」
 「収容人数は?」
 「詳しいことは知らねぇってば。二〇〜三〇人くらいじゃないか。あ、でも、安心しろよ。出火したのは事務関係の書類を保管してた場所だから、子供達は火が回る前に全員避難して無事だったそうだ」
 「不幸中の幸いだな」
 「物取りの犯行だったんだろうな。事務所に入れば寄付金なんかががっぽりしまってあると思って侵入したものの、大してろくなものがなかった。腹立ち紛れに事務所を荒らして火をつけたってとこだろ」
 ずいぶんと荒っぽい手口であるが、行きがかりの駄賃として、または侵入した形跡を抹消するために火をつけていく強盗犯は珍しくない。
 が、捜査する方としては大変である。物証が燃やされてしまっているわけであるから、全焼したとなれば、目星いものはまず見つからないと思っていい。いくらロイが焔を操る錬金術師だとしても、役に立てるかどうか甚だ疑問だった。
 「別にいいんだ、それで。憲兵隊の方としては、大佐に現場に来てもらってアドヴァイスを受けたという事実があれば。意見書を添付して終わりになる」
 だから、さっさと戻って来るはずだ、とハボックは予測を立てていた。










To be continued