スキナーの鳩



 約一週間ぶりに日の目を見たエドワードは、意識があるのかないのか、ぐったりとしたまま運ばれた病院のベットの上で数時間を過ごした。脈拍、呼吸、血圧ともに正常、他に異常なし、とのことだったが、いくら頬を叩いても呼びかけても殆ど反応はなく、目を開けることも喋ることもなかった。
 「いったい、何があったんだ」
 と、事情を聴取に来たマスタング大佐は、所在なげにベットの側に佇む鎧姿のアルフォンスに問い質した。
 「ちょっと……、酷い目に遭ったんです」
 「話したまえ」
 最初から最後まで、全て。そう言い含め、ロイはエドワードの寝顔を一瞥した。苦しげな様子は全くないが、こんな中途半端な状態は見るに耐えられなかった。起きているにしても、眠っているにしても、常にエドワードは生気に満ち溢れていた。こんな病人のような姿は、余りにもらしくない。それだけに、ただならぬ事態に遭遇したと知れる。
 エルリック兄弟の姿を見るのは約一ヶ月ぶりで、一応の無事だったことは喜ばしいが、現状は余りにも不可解だった。
 「確か、西方へ向かうと連絡があったのが最後だったね」
 病室から出て向かい側に、家族のために設置された控え室がある。そこへ一同は移った。ここならば、ドアを閉めている限り、話し声は余人には聞こえない。
 「その後、何があったんだ」
 備え付けの椅子にロイが腰を下ろすと、その傍らにハボック少尉が立ち、ポケットからメモ帳と鉛筆を取り出した。その向かい側に、アルフォンスは座った。
 「一週間前です。ラウロという村を訪れた当日、そこの昔からの名主だという男性が兄さんと僕を招待すると言って誘いに来たんです。兄さんが国家錬金術師だってことを知ってて、もてなしたいとか何とか言って。断る理由もなかったんで着いて行ったんですが、頼みたいことがあると言われて、そのまま監禁されてしまって……」
 そこまで聞いて、ロイは苦々しく顔をしかめた。名主を名乗る男の魂胆は言われなくとも察しがつく。よくある話である。錬金術師は金を生成する。法律で禁止されているものの、それを曲げても欲しがる不逞の輩は多い。古今、そんな理由で土地の有力者や領主に拉致され、一生を館の中で過ごす羽目になった不運な錬金術師は何人もいる。しかも、金に限らず、その他の貴金属や希少価値のある物を練成できるとなれば、自分の手元に置いて、できうる限り使い回したいと思う人間は数限りない。
 優秀な錬金術師に投資して、その研究の後押しをしてやろうというパトロン的な、言わばタニマチのような人物もいるにはいるが、大抵は金が目的だった。
 そういう輩に捕まってしまったとは、何とも運が悪い。
 「鋼のは抵抗したのか」
 「もちろんです。言いなりになるつもりはない、と撥ねつけて。そうしたら、殴る蹴るの暴行を受けてしまって……」
 容易に想像はつく。悪口雑言の限りをつくして、その名主を罵倒したのだろう。エドワードを診察した医師によると、いくつかの打撲の痕跡が体のあちこちに残っていたという。もっとも、死んでしまっては元も子もないため、ちゃんと加減はしてあったようで、内蔵や骨にまで影響するような重大な受傷はなかった。
 「鋼ののことだ、その後、君と脱出方法を考えたんじゃないのか」
 「そうなんです。でも、一度目は失敗しました。館の構造がどうなっているのか判らなくて、途中で迷ってしまったんです。すぐ連れ戻されてしまいました。で、地下牢に移されて、見張りも付けられて……」
 それでも、第二弾を挙行したという。が、それも寸前で見つかってしまい、またもや地下牢へと戻されてしまった。
 「その時、大人しくするよう、何か液体を飲まされてしまったんです」
 「何を飲まされたのか、判るか」
 が、アルフォンスは首を振った。
 「判りません。自家製の薬だと言ってましたから、何が混ぜ込んであったのか。ただ、兄さんは飲まされてすぐ、体の力が抜けると言って床に膝を着いて、しばらくは壁にすがって立っていたんですが、そのうちがっくりと気絶するみたいに倒れてしまったんです」
 「意識はあったのか」
 「はい、目は開けてましたし、僕が話しかけたら頷くような素振りをしましたから、単に神経を弛緩させる薬物を投与されただけなのかと思ってました。それなら、長くても三〜四時間程度で切れますから、心配ないと思って」
 事実、その通りで、二時間を待たずにエドワードは普通に動けるようになり、凝りもせずまた脱出の算段を練っていたりしたのである。が、敵もさるもので、その頃合を見計らってエドワードに同じ液体を投与した。
 しかも、アルフォンスは別の室に移されてしまい、その後、エドワードがどういう説得を受けたのか全く判らないという状況に追いやられてしまった。
 なかなか頭のいい方法をとるな、とロイは思った。エルリック兄弟は一緒にしておくとろくなことをしない。大抵はエドワードが発想して、アルフォンスが止めるか補強するかして実行に移されるのであるが、別々に切り離されてしまったのでは、そういう相談もできないし、勝手に別々の行動をとることもしない。
 しかも、兄が、弟が、今どういう待遇に処せられているのか全く情報遮断されてしまうのは、拷問にも等しい。お前が協力を断れば、弟がどういう目に遭うか判ってんだろうな、と脅迫されれば、エドワードには辛い。
 実際、そのような脅しをかけられたらしい。アルフォンスには危害が加えられなかったのである。
 一日かけてアルフォンスは地下牢の構造や壁の強度を調べ上げ、見張りの交代の時間を計り、何とか周囲の様子を把握すると、監視に悟られないよう壁に穴を開け、エドワードの監禁されている室まで辿り着いた。
 そこでアルフォンスが目にしたのは、気絶したように壁に背を預けて項垂れているエドワードの姿だった。何度も名前を呼んで多少乱暴に揺さぶったりしてみたものの、殆ど反応はなく、汗をかいた手足が冷え切っていた。このままではやばいと咄嗟に判断したアルフォンスは、そのままエドワードを肩に担ぎ上げ、強行突破で館を脱出したのである。
 「では、鋼のがああいう状態になってから、すでに一昼夜経過しているということだな」
 「もっと長いかもしれません。僕はほぼ二日の間、兄さんを見てませんでしたから」
 「薬の量を誤ったか、効果を強化したか、それとも、別の薬に切り変えたか。しかし、どうやら麻薬系の薬のようだな」
 「そうですね。僕もそう思います。ただ、何か別の物質を混入したのかもしれません。アルカロイドだけじゃここまで大人しくはなりません」
 「そうだな。では、その方面に詳しい者を差し向けるよう手配しよう。何を投与されたのか判れば、すぐに鋼のは目を覚ますはずだ」
 言いながら、ハボックにその旨合図を送る。無言でハボックは頷くと、メモ帳をポケットにしまい、控え室を出て行った。
 「ところで、その名主はどうしたのかね」
 「あ、えーと……」
 困惑したようにアルフォンスがロイから視線を外す。どうやら脱出した後は、後ろも見ずに走ったようで、自分達をこんな目に遭わせた男に対し、放置状態になっているらしい。
 「まぁいい。それはこちらで対処しよう。何せ、国家錬金術師にこれだけのことをしてくれたんだ。それ相応の礼はしておかねばなるまい」
 「それって、逮捕するってことですか」
 「もちろんだ。君の話してくれた内容は全て司令部に報告書として上げておく。明日にでも現地に何人か派遣されるだろう」
 具体的に、どういう処断が下されるのか、ロイは敢えて言わなかったが、アルフォンスは納得するようにため息をついた。これで名主の命運も尽きた。恐らくは、家自体が取り潰されるに違いない。主を失った村は新たな長を選び出すか、もしくは軍から差遣された人物に統治されるか、どちらか選択するよう迫られる。
 後者だった場合、村は事実上、軍の管理下に置かれる。つまるところ、無条件で接収されてしまい、その軍管区のいい財源となる。可能性としては、こちらの方が高いだろう。これでまたロイの軍に対する貢献度が上がり、将官達からの評価も上がる。つくづく抜け目のない人だ、とアルフォンスは思った。
 「しかし、何よりも、鋼のの回復を待つことだな」
 それなしに、首謀者を有罪にする決め手はない。どこか苛立たしげに呟くロイを見て、アルフォンスは意外の念に打たれた。もしかして、エドワードの容態を心配しているのだろうか。己れの手駒としてではなく、個人的に。冷たくあしらわれるたびに激怒する兄の姿を何度となく目撃しているアルフォンスとしては、どう応えていいものか、迷ってしまった。
 「とにかく、早急に手を打とう。それは約束する」
 「あ、はい。ありがとうございます」
 鎧の頭を下げると、アルフォンスは素直に謝意を表した。
 「それでは、私はこれで失礼するが、何かあったら連絡したまえ。東方司令部のナンバーとコードは知っているな」
 「はい」
 「ここは一応、東部の軍管区内だ。ややこしい局番を言う必要はない」
 「判ってます」
 だからこそ、西部との境界を越えてここまでエドワードを運んだのである。事件のあった管内では危険だと判断したアルフォンスの明敏な行動力に、ロイは密かに感謝した。もっとも、そんなことは口には出さない。気遣う素振りも見せない。
 あくまで命令授与者としての立ち振る舞いを堅持した。アルフォンスやエドワードにはそれが食えない奴と写るのだろうが、今更非難されても更改のしようはない。
 「ただ眠っているだけのように見えましたね」
 と、自動車の後部座席に乗り込んだロイに、ハボックはエンジンをかけながら何気なく言った。大人しく熟睡しているだけで、今すぐにでも大あくびとともに起き上がるのでは、と思えるほどだった。
 「目覚めたら、また煩くなるぞ」
 「それはそうですがね。やっぱあいつがあんな風に転がってると妙な気分スよ。罵倒の一つでも聞きたくなるから不思議スよね」
 「まぁな」
 確かに、そんな気にはなる。思ったより自分は天邪鬼だったのかと思いながら、ロイは窓の外に視線をやった。
 頭の中では、アルフォンスから聞いた薬物のことが忙しく駆け巡っていた。いきり立って暴れる男を速攻で大人しくさせる薬は何種類かある。名主にエドワードを殺害する気はなかったのだから、後遺症が残ったり、命に関わったりするような危険な成分のものは使用しなかったはずである。
 ということは、医療用の麻薬かもしれない。適量であれば、患者の痛苦を軽減するばかりか、興奮を鎮め、不安を取り除き、それなりの多幸感を与えてよく眠れるようになる。習慣性もないし、覚醒剤のようなフラッシュバックもない。が、しかし、巷で取り引きされる品は不純物が混じっているものが多く、質量は増えるが、効果が薄くなったり、吐き気や頭痛、幻覚などの副作用が出たりする。
 しかし、二四時間以上持続するというのは聞いたことがない。いったい、何を調合したのか。専門家の診断を待つとは言ったものの、じりじりとした焦燥感は誤魔化しようもなかった。
 冷静さは高級軍人、特に現場の指揮官にとって必須のものであり、それを部下の前で崩すような真似はできなかったが、そんな建前を捨てても、ロイにはエドワードのこんな情況が耐えられなかった。理由は、ハボックが指摘した通りである。
 「やきが回ったか……」
 東方司令部へ戻るや、すぐさまロイは軍の管轄下にある研究所に連絡し、アルフォンスに約束した通り、対策をとるよう命じた。
 それと同時に司令部が動き始め、ラウロの村は二個中隊の急襲を受け、問題の名主も捕縛されることとなった。その男の口からエドワードに投与された薬物の成分が判明し、医者達はその証言に従って解毒剤を製作することができた。
 素早い対応の甲斐あってか、翌日にはアルフォンスから連絡があった。
 「兄さんが目を覚ましました」
 との言葉に、ほっと安堵のため息が漏れる。
 「鋼のの様子はどうだね」
 「まだ寝ぼけてるって感じですが、大丈夫です。あと半月くらいは様子を見るために入院が必要だとのことですが、それで異常がなければ退院していいそうです」
 「そうか」
 では、よくなったら一度こちらへ顔を出しなさい、と言おうとしたロイは、不意にアルフォンスに遮られた。
 「ただ、ちょっと気になることがあるんですが」
 「言ってみたまえ」
 「神経伝達物質のいくつかがバランスを崩しているそうです。時間をかければ元に戻るだろうと言われましたが、それまでは無理な行動はダメだと」
 「要するに、しばらく旅を続けるのは困難だと言うわけか」
 「はい」
 「だが、神経の関係なら、運動をして慣らした方が回復が早いとも聞いている。その辺りはどうなんだね」
 「さぁ、僕は医者じゃありませんから判りません」
 「そうだな。取り敢えずは、ゆっくり養生したまえ」
 当たり障りなくそう言うと、ロイは電話を切った。折りを見て、誰かを迎えに行かせよう、と思いながら。
 もっとも、覚醒したエドワードがいつまでも大人しく病院で寝ているわけもなく、安静にしていろという医者の制止を強引に振り切り、忽然とロイの目の前に現われたのは、それから一週間も経たない五日後のことだった。
 「よう、大佐」
 と、いつもと変わりない様子に、ロイの方が驚いた。
 「もう大丈夫なのか」
 「迷惑かけちまったみたいだな。アルに聞いたぜ」
 言いながら、ロイの座っている執務机に近付く。歩きながら、脱いだコートを来客用のソファの背凭れにぽんとかけた。
 「で、告発するのか、奴を」
 奴というのは、エドワードを監禁した名主のことだろう。逡巡することもなく、ロイは頷いた。
 「当然だ。今、締め上げているところだが、君の報告書も欲しい。どうせここへ来たのは、そのことなんだろう」
 「そういうこと」
 机を回り込むエドワードの動きにあわせて、ロイが椅子を半回転させる。正面から向き合い、二人はしばらく無言で対峙した。
 「聞きたいことがあるようだな」
 ゆっくりと足を組むと、ロイは顎をしゃくった。
 「俺が飲まされた薬ってのは何だったんだ」
 「君が知る必要はない」
 余りにもあっさりと斬り捨てられ、エドワードがむっとする。
 「何故」
 「君は事件のあらましを報告してくれればそれでいい。薬物の内容までは知らなくてもいいことだ。知っていなくても、レポートは書けるだろう」
 用意していた原稿を読むように、ロイは滔々と述べ立てた。それへ、露骨にエドワードは嫌そうな顔をした。
 「何だよ、それ。自分がどういうモン、飲まされたか知っちゃいけねーのかよ。気になるじゃねーか。それとも、言えないような理由でもあるのか」
 「言ってもいいが、君は聞きたくないんじゃないかと思ってね。要するに、知らない方がいいということだ」
 「それはあんたの勝手だろ」
 「そう、私の勝手だ」
 ふふんと余裕を噛ませた表情で報いてやると、予想通り、エドワードが頭に血を昇らせたらしく、表情が変わった。
 「っざけんなよ」
 殴りかからんばかりの、しかし、その剣幕は、すぐに崩れてしまった。いきなりくらりと眩暈でも起こしたように足元をふらつかせたのである。
 「な、何だよ、これ」
 「まだ薬が抜け切っていないようだな」
 倒れ掛かるエドワードの体を支えてやり、ロイは困ったように言った。
 「全身が脱力するだろう? 君が投与されたのは、男性特有の攻撃性を鈍麻させる作用を高めた、擬似的なホルモンなんだ」
 「ホルモン……?」
 「平べったく言うと、エストロゲンだ。それによく似た作用を持つ別の物質に添加物を加えて調合されていた。エストロゲンは、刑務所に収監されている凶暴犯を大人しくさせるのにも使われるくらいの絶大な鎮静作用を持っている」
 「エストロゲン……」
 頭がぼんやりしてく中で、エドワードが聞き覚えのある単語を反芻する。記憶に間違いがなければ、それは女性ホルモンというヤツではないのか。
 「そ、そんなもん、投与されちまったのかよ……っ」
 「エストロゲン自体に害はない。大量に、かつ持続的に投与されない限り、胸が大きくなったり声が高くなったり、インポになったりはしない。だが、君の場合、ちょっと事情が異なる」
 言いながら、ロイはエドワードを支えたまま椅子から立ち上がり、いきなり大人しくなった体をソファに横たえてやった。
 「楽にしていなさい。この脱力感は数分か数十分で消えるはずだ」
 「……」
 さして抵抗もせず、エドワードはロイに身を任せた。仰向けに寝かされ、楽なようにジャケットの留め金を外されても、異議も唱えなかった。
 「従順だな。言うことはないのか」
 どこか楽しげに、ロイが問いかける。が、エドワードはいつもの憎まれ口を叩こうとはしなかった。拍子抜けするほどに。
 「事情が異なるってのは、どういうことだよ」
 「聞きたいか」
 「言えよ」
 もったいぶってないで、と促され、しかし、何を思ったのか、ロイはエドワードの胸元に指先を這わせた。
 「何すんだよ」
 「もう硬くなっているな。ここがこんなに敏感になったことはあるか」
 「あ、あるわけねーだろっ」
 それ以上触るな、と威嚇しながらもエドワードは本気で嫌がっているような素振りを見せなかった。寧ろ、それを待っているかのようだった。
 それがエドワード本人の意思なのか、植え付けられた反応なのか、判然とはしなかったが、ロイは容赦なくその体を弄った。
 「さっき言っただろう? 本物のエストロゲンならば、副作用はない。しかし、君に使われたのは、紛い物の不純物入りだ。それが、ある神経のレセプターに取り付いてしまった。それによって、意図しない効果が得られることが判ったのだよ」
 「意図しない効果?」
 くいっと服の上から乳首の辺りを押し潰され、エドワードが息を詰める。それと同時に、ぞくりとした戦慄が躯幹を駆け抜けた。しかも、それが波紋のように四肢を痺れさせ、予期しない熱を醸し出す。
 「ん……」
 びくりと肌を波打たせたエドワードに、ロイはくすりと笑う。
 「判っているのだろう?」
 囁くように問いかけると、エドワードがはっとしたようにロイを見上げた。圧し掛かるようにロイが上から覆い被さる。その体勢に驚いたものの、エドワードはうろたえはしなかった。寧ろ、きっとしてロイを睨みつける。
 「そういうことかよ」
 「誰が調合したのかは知らないが、本来どちらの目的で製作したのだろうな。偶然できてしまったのか、意図して作ったのか。それも奴に吐かせてみるのも一興だ」
 「バカらしい」
 そっぽを向くエドワードを、しかし、ロイは顎を掴んで引き戻すと、小生意気につんと尖った唇を塞いでやった。
 「手を背中に回したまえ。口は心持ち開けて」
 「……っ」
 言われた通りにするつもりはなかったが、ロイは強引にエドワードに口付け、唇を割って舌を差し入れて来た。ぐいっと体が引き寄せられ、抵抗するタイミングを奪われてしまう。
 「う……」
 触れ合い、押し付けられた体に重みがかかる。決して、息苦しくはない、それでいて心地よい感触に驚く。とたん、エドワードの体の奥に、ぽつりと何かの火が灯ったような気がした。
 「う、嘘だろ……」
 「何がだね」
 楽しげに、ロイが口付けを頬から項へと滑らせて行く。ばさりとジャケットが床に落とされてぎょっとしたが、起き上がることもできなかった。まるで縫い止められたように四肢の自由がきかず、ロイが軍服の襟元を緩めるのを呆然と見ているしかなかった。
 「な、何する気だ、こんなところで」
 「君が望んでいることだよ」
 「俺は……っ」
 怒鳴ろうとして、またもやくらりとした眩暈に襲われた。あの地下牢で何度も味わった無力感と無気力感が蘇る。それは、しかし、エドワードに屈辱しか与えなかった。ついぞ言いなりにはならなかったものの、その寸前まで何度も追いやられては歯を食い縛って踏み留まったのである。思い出すのは、吐き気がするほど不愉快極まる。
 「君の体の診断結果は読ませてもらった。通常の暴行の跡の他に、鼠蹊部と大腿が傷だらけだったそうだな。どうしてそんなところに怪我をしたのか、言いたまえ」
 問いかけるようでいて、詰問するような声に、エドワードは一瞬、助けを求めるような目を向けたが、しかし、すぐに強気な色に塗り潰した。
 「どうだっていいだろ、そんなこと。あんたにとって、何か利益になるってのかよ」
 「怒鳴るな。また眩暈を起こすぞ、興奮すればするほど」
 エドワードは凄んだが、ロイは気にかける素振りもなく、小柄な四肢を組み敷き、囁くように言った。
 「こうやって無抵抗にさせられて、連中のいいように弄ばれたのだろう? 恐らくは、二日もの間。断続的に」
 断定的に問いかけられ、エドワードは口を噤んだ。とてもではないが、人に言えるような醜聞ではない。いくら自分より上官とはいえ、命令されても拒否するほどに。
 が、ロイは容赦がなかった。
 「アルフォンスは君を地下で見つけた時にどういう状態だったのか、詳しい話をしてくれなかったからな。しかも、肝心の部分をきれいに隠して私に報告してくれた。さすがに君の弟だ。聡明で機転が利く。彼も、君の身に起こったことを察しているのだろうな。さすがに、情況が飲み込めないほど子供じゃないと思うのだがね」
 「うるさい……、言うな……っ」
 「辛いか」
 「も……、喋るな」
 エドワードの声が苦しげに掠れる。否定のしようもなく触れ合った体がかぁっと熱を帯びてくるのが感じられたが、それを無視する形でロイは言葉を続けた。
 「まだ薬の影響が残っているというのに、無理をするからだよ」
 やはり楽しげに告げるロイの口調が酷く憎らしく、そのくせ自分の欲しているものを的確に与えてくれる腕に、エドワードはとり縋るしかなかった。いくら不本意な行為とはいえ、無理矢理植えつけられてしまった種は、思ったより深く体内に埋没し、自分では触れられないほど奥へと潜り込んでしまっていた。
 未だ、何か残留しているようで、気分が悪い。抉り出して排除してやりたいが、その手段が判らなかった。ロイなら有効な方法を知っているのだろうか。
 「畜生……っ」
 くくっとロイが喉の奥を擦り上げるような笑い声を立てる。
 「意外だな。まさか君がそんな扱いを受けてしまったとは……。しかし、確かに、そういう虐待は捕縛した者の抵抗する気力を削ぐのに打ってつけだ。君は肉体的な苦痛に慣れてしまっている。そういう者には、恥辱の方が効果的だ。なかなか賢い対処方法をとったな、あの名主は」
 ロイが知り得る限り、名主は体格のいいがっしりしたタイプだった。所謂、上品な優男風ではなかったが、それだけに精力的に手の届く範囲にあるものを自分のものにしようと働きかけ、時には自らが動くだけの行動力を持っているように見えた。エルリック兄弟など、飛んで火にいる夏の虫だったのだろう。赤子の手を捻るように手元に引き入れた。
 「さて、教えてもらおうか、君があの館でどういう扱いを受けたのか」
 誤魔化しはなしだ、と暗に言い含め、ロイはエドワードの体を改めて抱き寄せた。



 ロイがゆっくりと、しかし確実に入ってくるのがはっきりと判った。狭窄な隧道をこじ開けるように、灼熱の楔が強引に捻じ込まれる。秘部が抉られるような激痛に襲われたエドワードは、反射的にロイを締め上げるように仰け反った。
 「あ、あぁ……っ」
 こんな風に男を咥え込まされるのには吐き気がするほど嫌悪を感じたが、どうにも逃れようのない事態だった。
 薄い内壁が引き攣るように小刻みに痙攣し、更にエドワードに苦痛を与えた。息苦しいような圧迫感ときつい挿入感が容赦なく下腹を押し上げ、ぎっしりと奥深くまで満たして行く。
 もっとも、数人の男どもに取り囲まれ、衆人環視とも言える状態で冷やかされながら、無様なまでに大きく開脚されるよりは遥かにマシだった。
 「全部入ったぞ。……どうだ」
 どうだと言われても応えようがない。エドワードは必死で首を振ると、体内に没入したロイのそれを何とか押し返そうとした。もっとも、しっかりと食い込まされていては、どうにもできない。
 まるで太い楔でも撃ち込まれたように、下肢が重苦しく熱い。が、そのくせ、貫かれた秘部からじわじわと染み出すような快楽が滲み出し、淫靡な喜びを潜めながらエドワードの体を浸蝕して行った。
 「……っ」
 ざわり、と金色の産毛が逆立ち、肌が粟立つ。
 「動くぞ」
 ぐいっと腰が引かれ、薄い粘膜が引き摺られる。内壁を抉り出されるような痛みに襲われ、エドワードは悲鳴を上げたが、それと同時に、燃え上がるような熱さをも感じた。直後、一点の焔に過ぎなかった快楽の種が、勢いを増して下肢を包み込んだ。
 「う、ぁ……っ」
 燃えるように熱い。こんなことは初めてだった。
 「う、動く…なよっ」
 ぎりっとロイの肩に爪を立てて見たが、聞いてはくれなかった。半ばまで引き出した己れを、ロイは再びエドワードの中へと打ち込み、先程よりも奥へと、力強く突き上げた。
 「……っ」
 肉襞を擦過された衝撃で秘部がうねり、圧迫感と痺れが一緒になって襲いかかって来た。イイのか、痛いのか判らない、昂ぶるような感覚に襲われ、エドワードは僅かに喉を仰け反らせるようにして息を呑んだ。
 「どうした」
 意地悪く、ロイが聞く。感じているのを知られたくなくて、男を睨み付けると、微かな笑みで返されてしまった。どうせ、全てお見通しなのだろう。
 「この……」
 何か言いかけた口を、ロイが再び塞ぐ。とたん、エドワードは抵抗できないほどの快感が下肢を揺さぶるのを感じた。それをやり過ごそうと体を緊張させると、却って己れの中のロイの存在を感じることとなってしまった。しかも、しっかりと擦れ合った性器から、ぴくりぴくりと脈動するものをダイレクトに受け取ってしまう。
 己れの中に男を咥え込んでいるという、余りにも直裁的な感覚に、コトの淫靡さを実感せずにはいられなかった。まるでいたたまれない衝動に突き動かされるようにエドワードはロイの胸に手をつき、押しのけようとした。が、すぐにその手を掴まれる。
 「もう、大人しくしたまえ」
 引っ掻いてやりたくなるくらい嫣然とした顔で、ロイがエドワードと視線を合わせる。どきりと心臓が高まるのを合図に、ロイはエドワードの腰を持ち上げるように浮かせ、その中心を貫くよう深々と己れを含ませた。
 「くぅっ」
 ロイの腰の動きに合わせて、エドワードの下肢が揺れる。じっと耐えていた分、緩やかなグラインドでは物足りないと訴えているようだった。
 「いくぞ」
 早口で呼びかけると、ロイは唇を舐めた。
 「な……、ああぅっ」
 いきなりぐいっと腰を押し付けられ、エドワードは奥部を穿つ硬い手応えに鈍痛を感じた。が、何かを言う前に腰を引かれ、再び強かに下肢を貫かれた。体躯が撓り、ぎしりとソファのスプリングが軋む。思ったより力強い抽送の前戯に、エドワードは息を呑んだ。
 「う、ああ、あっ……」
 ロイが本格的に動き始める。欲しがっていたものをやっと与えられ、エドワードはつい嬌声を上げた。グラインドされればされる程、摩擦された秘部から体が燃え上がり、皮膚の表面が熱を帯びてぞくぞくと快楽の波を走らせて行く。
 猛ったものが己れの体内を断続的に容赦なく突き上げ、そのたびに内壁だけでなく入り口の敏感な襞が同時に擦られ、赤みを帯びて熟していくのがエドワードには感じられた。しかも、内部のしこりを掠めるように刺激され、堪らない気分になった。
 「あぁ、も…もっと、もっと……」
 激しく首を振り、エドワードは哀願した。ぎゅっと背中に爪を立て、上半身をがくがくと揺すられるピストン運動に跳ね飛ばされないよう必死でしがみついている。その指先が白くなっていた。
 「そんなにこれがイイか」
 「あぅ、く……」
 ロイがリズミカルな動きを乱し、別の角度から突き入れて来る。内部のしこりを巧みに嬲られ、エドワードは歯を食いしばった。余り強く刺激されると、突き破られそうになる。が、快楽を得ると硬く張りつめたように男根を締め付けては心地よい感触を生み出す。
 「い、いや…そ、そこは……っ」
 「そこは、どうした?」
 さすがに欲望に掠れた声で、ロイが問い掛ける。意地悪をしているつもりなのか、肩にかけていた片足を降ろすと、胸間で屈曲させ、更に力強く押し入る。
 「あぅっ」
 激痛と紙一重の快感に、エドワードは弓なりに仰け反り、悲鳴を上げた。体の奥がかっと熱くなり、それが駆け抜けるように鼠蹊部を通って上肢へと、戦慄にも似た痺れと化して頭のてっぺんにまで送り込まれる。その刺激的な快感が連続的に供与され、エドワードは声もなく仰け反った。
 「ぐぅ……」
 ぎしぎしとスプリングが軋み、だんだんとその耳障りな音が激しくなって来るに従い、エドワードは周囲の景色がどろりと歪んで見える現象に息を呑んだ。五感がいっせいに狂い出し、正常な情報収集も判断も放棄して、ただ躯幹を突き抜ける快感に身を任せるよう追い詰められて行く。
 「……っ」
 口を開いていれば、絶叫が迸っていただろう、なりふり構わず、と言った体でエドワードは全身でロイを締め付け、切ないまでの快感に身を捩らせた。
 さすがにロイが呻く。素晴らしい圧力だった。これほどのものを自分一人が所有し、剰え独占しているのかと思うと、支配欲にぞくぞくする。この体に自分以外の誰かが触れたのだと思うと腹が立つが、それさえも押し流す、肉体的なものとは別の愉悦が背筋を這い昇って来る。
 「そろそろ、いいか」
 恐らく聞こえてはいないだろうが、一応断りの言葉を舌に乗せると、ロイは軽く痙攣し始めた秘部にフィニッシュを決めてやるべく、グラインドを早めた。
 「はぁぁっ、あぁっ、ぁう……っ」
 ぐいぐいと突き上げられるたびに体をずり上げられ、エドワードは激しく前後に揺すられながら全身にびっしょりと汗をかいていた。
 「ろ、ロイ……っ」
 閉じていた目が開き、涙で潤んだ瞳が相方を探す。
 「い…しょに……」
 「ああ」
 エドワードが手を伸ばし、ロイの首を抱き締める。ぎゅっと引き寄せられたとたん、再び爪を立てられてしまったが、余り痛みは感じられなかった。
 「い、イク……っ」
 きゅうっと内壁が収縮し、内部に挿入されたものをきつく締め上げる。それがいい合図になった。
 「あぁ……っ」
 エドワードが喉の奥から絞り出すような声を上げた。びくびくと白い大腿が震え、無意識に下肢が反り返る。
 「……っ」
 一瞬の後、己れの中のロイが膨張したような気がした。次の瞬間には、胎内が熱く滾った液体の迸りを受け、エドワードは悦楽の体たらくに涙を流した。
 「こんなのって、ありか……」
 苦しい息の下で、エドワードは呟き、倒れ掛かるように己れに圧し掛かるロイの体を受け止めた。
 信じられない、と思う。
 こういう形で媚薬の実験台にされるとは。
 が、しかし、どうでもいい、とも思う。ロイも自分も楽しめるのなら。
 浮かされたままの熱を宥めるように、ロイがエドワードの額やこめかみにキスを落としながら、無意識に流れていた涙を拭い取る。
 優しい扱いをしてくれながらも、下肢が交わったままなのは、これで済ませる気ではないということなのだろう。エドワードを輪姦した男達も、何度達しても満足するまで太棹を抜いてくれなかった。
 結果、アルフォンスがやって来た時は、立ち上がる気力もないほどに消耗させられていた。
 こんなガキの体のどこがいいのかと思ったが、穴があればそれでいいという輩も結構いるのだと聞いて脱力した。
 ロイもそうなのだろうか。
 ふと思い浮かんだ疑問に、エドワードは吐息を漏らした。
 「どうした」
 項に口付けていたロイが顔を上げる。それへ、エドワードはただ腕を伸ばして抱き寄せてやった。
 「エド?」
 「……黙ってろよ」
 怠そうに、それでも何か抱き締めるものがあるのは、ほっとする。
 この安堵感が何なのかははっきりしないが、取り敢えず、エドワードはこの抱擁に身を任せることにした。








2004,6,1 END