Twilight Missing








 もの凄く気は進まなかったが、エドワードはシンと静まり返った寝室のドアをノックした。
 一度目は多少遠慮勝ちに。二度目はもうちょっと強く。三度目も同じくらいで。
 更にもうちょっと強く打つべく右手を振り上げ、しかし、四度目のノックをする前に、中でがたんと物音がするのが聞こえた。
 起きてくれたか、と思ったエドワードは、しかし、いきなり乱暴とも言える勢いでドアを開けられ、一瞬息を呑んだ。
 「うるさいっ、いったいどこのどいつだ」
 と、寝不足のところを叩き起こされた不機嫌さと凶暴さを隠しもしない凄みのきいた声でエドワードに噛み付いたのは、この家の主ロイではなく、ハボックだった。
 「ご、ごめん……っ」
 今にもぶん殴られそうな物騒な気配に、エドワードはついつい後ずさりした。
 「ああ? 大将か。何の用だ」
 がりがりと寝乱れた短髪を掻き毟りながら、ハボックが相変わらず不機嫌な顔で問いかける。
 「あ、あの、ホークアイ中尉から頼まれて……。すぐ大佐に司令部へ来て欲しいって」
 チッ、とハボックが舌打ちをする。
 「俺と大佐は今日午前休だ。戻って来たのが今朝の五時過ぎだぞ。それで今から出て来い? 冗談言うな」
 「俺に当たるなよ。南部から派遣された士官がもう来てしまったから、大佐に顔を出して欲しいって中尉が――」
 「あんのメスイヌが……っ」
 吐き捨てるような台詞に、エドワードは腹の奥からぞっとした。寝起きの悪さだけではない呪詛のような響きが心底怖い。
 「大佐がいなくても仕事ができるように指示しておいたはずだ。それを無視すんじゃねぇよ。チクショー、そんなんでいちいち叩き起こしに来るな」
 まるで積年の恨みと不満をぶちまけるようにハボックが吠え立てる。台詞の内容からして、エドワードに言うべきものではない。はっきりきっぱり八つ当たりだった。どういう確執があったのか知らないが、ホークアイの要請をハボックは快く思っていないらしい。
 「中尉に言っとけ。大佐は死んだみたいに眠ってるってな。午後になったらちゃんと司令部へ行くから、それまでその士官って奴を待たせとけ」
 そう言い捨てるなり、ハボックはドアを閉めてしまった。ばたんという音と風圧に首を竦めたエドワードは、しかし、ハボックの脇の下から、ベットに横たわっているロイの姿を垣間見てしまった。ぐったりとベットに沈み込んでいる様子から察するに、確かにハボックの言う通りだった。決してデタラメではない。精も根も尽き果てて疲労困憊し、潰れたように寝入っているのだろう。
 それを無理に引き起こして仕事に追い立てるのは、部外者のエドワードの目から見ても、非人情的で理不尽だった。
 「どうだった?」
 玄関で待っていたアルフォンスがエドワードに話しかけて来る。
 「ダメだ。起こすなってよ」
 「どうするのさ。僕達も、大佐がいないと『アグノーシアの炉』が閲覧できないんだよ」
 「判ってる。あれは国に何冊もないって写本だからな。取り敢えず司令部に戻ろうぜ。中尉に報告しよう」
 仕方がない、と言うようにエドワードは駆け出した。
 一応、ロイ達が昨日まで関わっていた事件の概要は聞いている。市内で三人の軍人を射殺したテロリストを追跡していたのであるが、その容疑者候補が二転三転したせいで、連絡役を負っていた者がパニクってしまい、伝えなくてもいい未確認情報まで逐一知らせて来たため、そのたびにあっちへ行け、こっちへ行け、いや、そっちだ、と前後の命令と撤回の指示が混乱してさんざん翻弄されることとなってしまったのである。情報が錯綜した時にはよく起きる事態だったが、必要以上に引っ掻き回されてしまった現場は堪ったものではない。徒労ばかりを増加させてしまい、恨み節が漂った。
 最終的に、容疑者は隠れ家の一つとされていたアパートの一室で発見され、無事捕縛されたものの、数日に渡る昼夜を徹しての追跡劇でロイも部下達も疲弊しきっていた。やっと休めたところを引きずり出すのは、さすがに酷な仕打ちだった。
 が、ホークアイは容赦がなかった。しかし、ハボックはもっと容赦なく威嚇する。
 「こういうの、義理と人情の板挟みってのか」
 愚痴りながらもエドワードは歩いて行ける距離にある東方司令部に戻り、一時間前に出たばかりのロイの執務室に入って行った。
 案の定、ホークアイは憮然とした。
 「それで大人しく引き下がって来たの」
 文字通り、ガキの使いね、とその目が言っていた。どうしてこうもこの女は必要以上に手厳しいのだろう、とエドワードは思ったが、いつだったかのロイの忠告を思い出し、敢えて楯突く台詞は避けて通った。言葉で女に勝とうとするのは愚の骨頂である。
 「で、でも、無理だよ。爆睡してたから、往復ビンタしても起きないって」
 「だったら、水でも浴びせてみればよかったのに。バケツくらいあったでしょう」
 「やめてくれよ……」
 守護神のようにハボックが睨みを効かせているのである。ロイ個人の番犬と言ってもいい人物を説得してどかせるのは、大総統を暗殺するのよりも難しく思えた。
 元より、あの情況でどうやってロイを連れて来いというのだ、この女は。
 「まぁいいわ。大佐がいない間は私が指揮を取ってもいいと言われているから」
 だったら最初からそうしろよ、と言いたげなエドワードの非難めいた視線を軽く受け流し、ホークアイは全然期待などしていなかったと言わんばかりの態度で身を翻した。どうやら、一応ロイのお伺いは立てたという事実が欲しかったらしい。










To be continued