カラフルレンズ 2
風邪をこじらせた時や傷を負った時に出る熱とは明らかに違う、とエドワードははっきりと自覚していた。不穏なまでに体の奥から疼くような甘い痺れを伴い、じっとりと粘りつきながらまといつくそれは、しかし、覚えのあるものだった。
自分が吸引してしまったものに麻黄が混じっていたのは知っている。それに含まれるアルカロイドが、別の化学物質と混合されてどういう変化を引き起こしたのかは判らないが、巷で売買していいものでないことだけは確かだった。
それでなくとも、覚醒剤の一部は別の名前で流布されている。
「くそ……っ」
時間が経過すれば少しは落ち着くかと思われた熱は、エドワードの希望的観測を裏切り、ますます燃え盛る。鎮静剤で収めようとしたのも逆効果になったらしい。無理矢理押さえ込まれていた滾りが薬効の無力化とともに、一気に噴き上がってしまった。
激しい運動をしたわけでもないのに、自然に上がってしまう息遣いには困惑するばかりだった。
それを散らす方法を、エドワードは知らなかった。指の先まで体が火照り、拍動のたびにじんじんと痺れる。猫のように体を丸め、自分で自分の体を抱き締めて、どうにかしてやり過ごそうとしても、吐く息も熱く、触れる肌も汗ばみ、全く用を成さなかった。
普通ならば、ひんやりとしている敷布も体温ですっかり温まり、却って熱が篭って暑苦しいほどだった。
しかも、体が勝手に上気するのに合わせて、数日前のロイとの情事が頭の中に蘇ってくるのである。一つ一つの愛撫を辿るように、あからさまに肌そのものが淫らな感触を思い起こし、どんな風にロイが触れたのか、愛撫しながら何を喋ったのか、強かに欲望を打ち込まれてどんな風に自分が喘いだのか、そんなことばかりがぐるぐると思考回路の中を渦巻き、頭の中から消えてくれない。できることなら、今すぐあの腕に掴み上げられたかった。
「変だ……、俺、そんな淫乱じゃないってのに……。アレだって一ヶ月近くご無沙汰でも平気だったのに……」
上掛けから顔を出し、エドワードは唸った。こんなところで悩んでいてもしょうがないが、震えるようなため息をつくしかなかった。微熱に浮かされると、それと同じ状態を体がトレースするという話を聞いたことがあるが、こんな時に惹起せずとも、とエドワードは腹立たしく思った。
「水でも浴びれば収まるか……」
逆上せ上がってしまった状態では、何もできないし、何も考えられない。
何とか顔を上げ、上掛けから這い出そうとしたとたん、エドワードは体の異常が単に不調を来しているのではないことに気付いてどきりとした。
「は、張ってる……」
ぴくん、と乳首が勃起していた。愛撫はおろか、触ってもいないのに、ぴんと尖った薄紅色のそれが肌着に擦れて痛痒い感覚を呼び覚ましていた。
「ホントにどうしちまったんだよ」
エドワードはその場に座り込むと、そっと脇のホックを外し、胸元を開いて己れの胸を見た。年相応の筋肉の付いたそこは、しかし、はっきりとした変化を見せ、触ってみると硬く張り詰めていた。
「こんなこと、大佐にさんざん触られてもなかなかならないのに……」
触れてしまったことで、ジンとした快感の片鱗がエドワードの下肢に響く。と、同時に秘部が連動したように疼いた。
「う……」
そうなってしまうと、連鎖反応は早かった。触れてもいない下肢の奥が、どくりと頭を擡げるのが判る。痛いほどに硬く張り詰め、その後には秘部がかぁっと熱くなって、奥部が重苦しく疼き始める。
ロイが前戯をし始めた時とそっくり同じだった。
「ま、まさか、俺、こんなところで欲情してんのか」
冗談ではない、と思いつつも下肢へ手を伸ばしてみると、トランクスの中のそこは外郭に触れただけで判るほど、ぬるぬると潤っていた。
「そんな……」
はぁっ、と、上気した吐息をつくと、エドワードは堪らずその場にしゃがみこんだ。恐る恐る指先を後ろの秘部の中へ滑り込ませると、普段は閉じているはずの入り口がしっかりと開いて、男を受け入れるべく息衝いていた。
「ん……」
こんなところで己れを慰めることになろうとは思ってもいなかったが、このままでは溢れはじめた情欲が止め処もなくエドワードに襲い掛かって来るだろう。
誰も見てないだろうと、一応周囲に目を配り、エドワードは敷布の上に倒れ込むと、俯せの体勢で下衣を下げ、そっと片手を忍び込ませて己れのものを握り込んだ。それはすぐに元気よく怒張し、技巧も何もないエドワードの愛撫に反応して立ち上がった。
「あ…ぅ……」
とろとろと先端から先走りの液が流れ出す。それを潤滑剤代わりにして上下に扱くと、自然に腰が前後に揺れた。
「あ、あの野郎……」
こんなことを教え込んだ男に悪態をつくと、エドワードは性急な仕種で己れを高め、一気に昇り詰めるべく、左手を激しく動かした。
それに伴い、すでに熱くなっていた内壁が蠢動し始める。前だけの刺激では足りないとでも訴えるような要請に、エドワードは歯軋りしたい気分になった。自分でも知らないうちに、己れの体がロイの命ずるままに作り変えられているのでは、と実感する。
が、悔し紛れに己れを慰めているだけでは、到底欲求が満たされないことも身に沁みている。身悶えするような情欲に身を焦がし、ここにはいないロイに助けを求めるなどご免である。それでなくとも、ベットの中でさんざんロイに焦らされ、泣かされたことは枚挙に暇がない。
殆ど何も考えず、エドワードはもう片方の手を後ろへと回した。そして、二本の指を探りながら挿入した。
「は……あぅ」
そこは、待ち構えていたように嬉々として吸い付き、絡み付いて来た。いつもならロイのものに食いついているのであるが、与えられた擬似的な餌にもむしゃぶりつくそれは、限りなく淫靡なまでに飢えていた。
「ん…ぅっ」
根元まで指を入れると、かなり奥の方まで内壁が蠢いているのが判る。どれだけ感じて舌舐めずりしているのか、エドワードは知りたくもなかったが、俄かに疼き始めたそこは、貪欲に快楽を求め、飽きることを知らないかのようにうねりだした。
「あ、あ、う……」
グラインドを真似て指を前後に動かしながら、浅い部分にあるはずのしこりを探し出し、押し潰すように刺激してやると、前がびくびくと変化していくさまが直接感じられた。
くちゅくちゅと粘膜が擦れる卑らしい音がし、余計にエドワードの劣情を煽った。自慰のやり方などまだ熟達してはいなかったが、ロイが施す愛撫を頭に描きながら指を動かしていると、だんだん自分の感じる場所が他にも判って来る。
濡れた肉襞に見え隠れする快楽のポイントをぎこちなく探し当てながら集中的に指の腹で擦り上げてやると、じわじわともどかしく蟠る疼痛が沸き上がって来た。
「はぁ…あっ」
びくん、とエドワードの下肢が波打つ。しこりのすぐ脇に触れたとたん、戦慄にも似た快感が背筋を走り抜けた。頭の芯にまでジンと到達したそれは、エドワードの体を歓喜させた。
「い、いや……ぁぁ」
声が自然に上擦った。己れの意思とは関係なくくちゅくちゅと指が動き、殊更エドワードを責め立てる。緩んで来たためか、スムーズに出し入れができると同時に、滑りの良くなった指先で点在するポイントを少々乱暴に撫で付けるように刺激してやると、びくりと四肢が跳ね上がるような悦楽を惹起せしめた。
同時に、すっかり勃ち上がった己れのそれは、期待に反しない、見事な愉悦の艶めかしさを醸し出し、エドワードを激しく喘がせた。
「い、いい……っ、ぁ…あぅ……」
自慰は自分で調整できるだけに、好きなだけエドワードは快楽を追い求めることができる。敷布に胸を押し付けて、乳首を擦ってやると、それだけで腰が揺れた。
「はあぁ……」
微熱を帯びていた体がどんどん高まって行く。もう何も見えなくなっていた。ここが軍の司令部内であることも、まだ仕事をしている者がいることも、廊下を誰かが歩いているかもしれないことも、全てエドワードの五感から消え去り、追い求める快楽の波だけが被さって来た。
そして、それは容赦なくエドワードを呑み込んで行った。
「……っ」
やがて、腰の奥から、急激に這い昇って来る感覚に、エドワードは身を竦めた。
「あ、く…来るっ」
いつもの予兆は正確だった。間違いなくエドワードを絶頂へと引き上げるべく、ぐいぐい腕を引っ張る。
「あぅっ」
瞬間、指を銜えた内壁が戦慄く。小刻みに腰を動かし、首を振りながら、エドワードは堪えることもせず、婀娜めく嬌声を上げ、四肢を緊張させた。
「あぁっ」
ぴしりと鼠蹊部に直線的な痛みが走った刹那、エドワードは頭の中が白熱するほどの快感に晒された。喉を仰け反らせたその直後、一気に全身の筋肉が弛緩した。
「う……」
極みからの墜落に、エドワードは肺の空気を全部入れ替えるほどの深いため息をついた。
「……」
しばらくそのまま寝転がっていたエドワードは、ずきずきと疼く余韻に浸りながら、虚しい思いを噛み締めなくてはならなかった。
「ちゃんと相手がいるってのに、何でこんなこと一人寂しくやってんだろ」
もっともである。しかし、すぐ要求に応えられない以上、しょうがないとも言える。
「大佐はまだ仕事か。運が悪けりゃ残業だな」
ロイの勤務実態など知り得るべくもないエドワードには、一種絶望的とも言える情況だった。ここで大人しく待っていても、あい見えることができるとは限らない。
「もう一回抜いておくか」
欲望を開放してやれば、少しは楽になるはず、とエドワードは単純に思った。男の性はそのようなつくりになっている。ある程度溜まったらその都度出す、というのが生理パターンで、出すものを出し切ってしまえば、薬による高揚も興奮も消失するだろう。
視線を上げてみれば、都合よくヘッドボードの上にはティッシュの箱が置いてあった。風邪をひいた者への備品だったらしいが、エドワードは汚れた手を拭き取ると、もう一度ベットに身を横たえ、脱ぎかけになっていた下衣を足首から抜き取った。
が、しかし、その行為がとんでもない間違いだと気付くのは、ベットの中で三回絶頂を極めた後だった。
ひりつくような渇望が、どうしても収まらない。否、ますます激しく悩ましくエドワードを追い立てているような気さえする。確かに、一時的な欲情は収まる。ほっと安堵のため息をつくが、すぐにまた新たな愛撫を求めて、体が煩悶するのである。
いったん火を付けられた体はいつまでも燻り、上気したままの肌を持続させて余計にエドワードを困惑させた。激しい情欲ならばすぐに弾けるが、じわじわと嬲るような熱情の波動は、いくら昇華してやっても鎮まることなく感じやすい下肢を苛み続けた。
「う……」
喉が渇いた、と思う。自分では半ばコントロールのきかない体を持て余し、エドワードは小さくしゃくりあげた。ベットから出て水でも飲めば、少しは体も冷えてくれるかもしれない。すでに秋も深まり始めた季節である。日が落ちれば、夏場と違って急激に気温は下がるはずだった。
時間の感覚はとうに失せ、周囲の暗さから、夕刻は過ぎていると察するのがやっとだった。がくがくと小刻みに震える体を起こすと、エドワードは何とか床に足をつけた。
床にはスリッパが揃えて置いてあったが、敢えて履くことはせず、エドワードは裸足のまま立ち上がり、よろめきながら仕切りのカーテンを開いた。
予想はしていたが、医務室は無人となっていた。軍医は帰宅してしまったのだろうか、それとも、呼びつけられてどこかへ出かけてしまったのだろうか。室内は、手元が判る程度の照明が灯されているだけだった。
周囲を霞む目で見回すと、正面から少々ずれた場所に薬品棚があり、その手前にタンブラーがいくつか並んでいるのが見えた。それを持ち出すべく歩き出すと、ぺたぺたとリノリウムの床に吸い付くような足音がした。
とたん、床の冷たさにぞくりとした。
気持ちいい、と思う。すぅっと足の裏からふくらはぎへ、大腿へと快感が這い上がって来る。それが火照ったままの体に染み入るようだった。もっと触れたい、という欲求にエドワードは逆らえなかった。そのまま前のめりに片膝を付くと、床に足全体を押し付けた。
ひんやりとする快い感覚に下肢がびくりと震えた、このまま床に転がり、全身を擦り付けたい衝動に駆られる。いつだったか、アルフォンスが拾って来たトラジマの猫が気持ちよさそうにごろごろと床と言わず、壁と言わず、そこらかしこにあるものに体を擦り付け、頬擦りしては目を細めていたのと同じように。
あの時は、猫がどういう気分でそんな行動を取っていたのか全く知る由もなかったが、今なら判るような気がした。
切羽詰った情動に突き動かされるようにエドワードは床に寝そべり、仰向けになると、固くて骨が当たるにも拘らず、その冷たさを楽しむように身を委ねた。
思わず、ほっと気が緩む。
「――そこで何をしている」
と、不意に声をかけられたのは、それからどれくらい経ってのことだったのか、エドワードのぼんやりした頭では判然としなかったが、床がうっすらとぬるく感じるほどであったのも、誰に呼びかけられたのかも判った。
「大佐……?」
軽く息を乱し、体を捻っただけで出入り口の方を見遣ると、そこにロイが立っていた。察するまでもなく、様子を窺いに来たのだろう。
「いくら掃除してあるといっても、床で寝ているなど正気の沙汰ではないな。いったい、どうした。新しい遊びか」
言いながら後ろ手にドアを締め、ロイが近付いて来る。己れの体に触れ、さんざん翻弄してくれた男の接近に、知らず、エドワードは喉を鳴らした。自分が尋常な状態でないことぐらい承知の上だが、余りにも赤裸々に体内から湧き上がってくる欲望の強さに、エドワードの方が驚いた。
どくん、と心臓が高鳴る。じわりと下肢が熱くなり、何度も達したはずの体が再び火をつけられたかのように肌を逆立てさせた。
ちろりと歓喜の焔が内部で舌を出し、この思わぬ情況を歓迎していた。
「ベットに戻るんだ。まだ熱があるのだろう?」
何の躊躇いもなく、ロイがエドワードに手を伸ばす。額に触れられ、反射的に目を閉じる。男の手がほんの少し接触しただけであるというのに、心臓の鼓動が聞こえてしまうのではないかと思えるほどに、激しく打ち始めた。血流が一気に増大し、四肢を燃え上がらせる。
それに気付いたのかどうか、ロイはいつもの平静な声で呼びかけて来た。
「どうした? 連れて行って欲しいのか」
くすり、とロイが笑う。エドワードは無言で片手を差し出した。足腰立たないんだ、だから、抱いて行ってくれよ、と心の中で呟く。
「珍しいこともあるものだな」
そう言いながら、ロイはエドワードを抱き上げると、開いたままのカーテンから寝台が置いてあるだけの病室へ入り、ぐしゃぐしゃに乱れたままのマットの上に降ろしてやった。
「ずいぶんと暴れたようだな。そんなに君は寝相が悪かったか」
言わずもがなの台詞に、しかし、エドワードは噛み付いてこなかった。放り出されたに等しい上掛けをのろのろと引き寄せると、ロイへ挑発的な目を向けた。
「誰のせいだと思ってんだ」
「私が何かしたのか」
今日はまだ何もやっていない、と惚けたようにロイはベットの横で両手を広げて見せた。確かにそうった。一昨日からキスの一つもしてくれていない。が、それこそが理不尽なのだ、とエドワードは思った。
「俺をこんなところに放っておいて、イライラするのを楽しむつもりだったんだろ」
「何を言っている。昨日はそれどころじゃなかっただろう」
ハボックが病院に担ぎ込まれたり、引き継ぎがあったりしてとてもそれどころではなかった。今日は少々余裕があると見て食事に連れ出すつもりでいた。こんな突発事故さえなければ、ちゃんと恋人としての時間を過ごす用意はあったのである。非難されるいわれはなかった。
が、すぐにロイはエドワードの言わんとしていることに気付いた。必要以上に突っかかってきたり、絡んだりするのは、自分に注意を向けたいというサインに他ならない。多少攻撃的に見えるのは、それだけ欲求が強いことでもある。
要するに、構って欲しいのである。
それならば、とロイはエドワードに手を差し伸べた。
遠慮することはない。目の前に差し出された据え膳を平らげてしまえばいい。肩から首筋にかけての線が薄暗闇でもうっすらと色付いているのが判る。微熱のせいだと思っていたそれは、しかし、別のサインを送っていた。
「苛々していたのか」
「一人寝をさせる気だったのかよ」
「まさか」
判っているのだろう、とエドワードの金色の双眸が薄暗闇でぬめっていた。普段は色気の欠片もないというのに、このような状況に陥るや、とたんに息衝き始める情欲の彩にロイは何度も瞠目させられたが、今回もその気配を色濃く滲ませていた。
これだから、こいつは可愛い。愛撫のしがいもある。
言葉にすれば、殴られかねないことを頭の中で考えながら、ロイはエドワードを抱き寄せると、その顎を引き寄せた。
「ずっと一人で耐えていたのか」
口付けながらエドワードの下肢に手を伸ばすと、反対にロイの手が取られ、己れの下腹部へと導かれた。その狭間に指先を差し入れてやると、下着はつけていなかった。ダイレクトに淡い茂みに触れてしまい、ロイは口笛でも吹きたくなった。すでに熱く火照っていたそこは、他人の指先が直接触れただけでひくりと震え、エドワードに喘ぎにも似た吐息をつかせた。
「辛いんだ……」
エドワードの半開きになった唇から、赤い舌先が覗いていた。
「大佐……」
まるで、聞いたことのない、欲情した艶っぽい声でエドワードが次の行為を促す。辛いというのは、確かに真実だった。今晒されている、じりじりするような責め苦をどうにかして欲しくて下肢が動いていた。
改めて敷布にゆっくりと押し倒すと、ロイは小柄なエドワードの上に圧し掛かった。
「ごめん……」
聞こえるかどうか、小さく呟くとエドワードはロイの広い背中に両腕を回した。突発的な発情の解消に使ってしまうことに対して、一抹の申し訳なさがあるらしい。
そんなことは気にするな、とばかりロイはエドワードの体を開いた。
2004,11,23 To be continued
やっとこさ、エロシーンです。いや、まだロイが相手をしてないから、前哨戦みたいなもんですかね。しかし、喘ぎ声の大きなエドですか。精進します。(^^ゞ