積極的方策 15





 ヒューズがホテルに戻って来たのは、珍しく夕刻のことだった。どうやら今日は定時で上がれたらしい。
 「おい、どうしたんだ、部屋を移動したって聞いたぞ」
 と、怪訝に問いかけながら、それでもいつもの調子でヒューズはエドワードに近寄った。
 「話があるんだけど」
 「それならメシ食いに行こうぜ。まだだろ?」
 やはり今朝と変わった様子のない口調でヒューズが顎をしゃくる。すでにロイからキャットやハボックに関する話を聞いているはずだったが、それをおくびにも出さない。
 エドワードは感心しながら室を出て行くヒューズの後を追い、ホテルから離れた。すでに元のツインルームはロイの指示で盗聴器の掃除がなされていたが、用心に越したことはない。
 「キャットのことはロイから聞いた。ちょっとした発想の転換だな」
 ホテルから一ブロック離れたレストランに入り、ヒューズはいきなり本題に入った。
 「だが、考えてみりゃ至極当然と言ったところか。確かに、老い先短いご老体よりも前途有望な大佐の方が長くお付き合いいただくには好都合だ」
 「あんたはそれをどう見てたんだ。中央の意向と大佐の策略がブッキングしようとしてたんだぜ」
 まさか危ない橋を渡らせようとしたのか、とエドワードは問いかけたのであるが、ボックス席に腰を降ろしたヒューズは肩を竦めて見せた。
 「こういう事態が初めてってわけじゃない。まぁ、上手くやっただろ。今回はタイミングってヤツに救われたがな」
 結果オーライということである。しかし、見ようによってはキャット達セルのメンバーを死に追いやる手助けをしたようなものである。そういう意味では、ヒューズはロイの仕掛けをご破算にして中央の圧力をそのまま押し付けたと言っていい。
 「大佐に焼き殺されないよう祈ってるぜ。……それはともかく、あんたに聞きたいことがある」
 適当にオーダーし、ウェイトレスにメニューを返すと、エドワードは改めて問いかけた。
 「ハボック少尉をどうする気なんだ」
 「別に、何も」
 「放置ってことか」
 「そうとってくれていい。早い話が、軍とは別の組織がやったことだからな。軍法機関の権限は及ばない。もっとも、軍の情報部と統合して参謀本部から独立させようかって案もある。今回みたいにブッキングしちまった時、厄介なことになるからな」
 「軍と別の組織ってのは? ……いや、言わなくていい。どうせ、俺には言えないってんだろ」
 「お利巧さんだな」
 言いながら、ヒューズがエドワードのグラスにミネラルウォーターを注いだ。
 「お前さんはアルフォンスとこれまで通り旅をしていればいい。こんなきな臭いことはきれいさっぱり忘れてな。本来の目的に向かって邁進するのが一番の得策だ」
 「そうしたいのは山々なんだけど……」
 と、エドワードはわざとらしく肩を竦めて見せた。
 「そうもいかなくなっちまったんだ。今回のことは、国家錬金術師機関に告発する」
 「何?」
 予想外の台詞だったのだろう。グラスを取ろうとしたヒューズの手が途中で止まった。
 「国家錬金術師機関に? そりゃどういうことだ」
 全く別物の機関名を出され、さすがにヒューズが怪訝な顔をする。どうやら、そちら方面に関してはノータッチだったらしい。エドワードはふざけているわけではない旨、強調するように声を低く抑えた。
 「無断で錬成陣を譲り渡した奴がいる。軍事利用されている技術が流されたんだ。問題だろ?」
 「何だと……」
 言うまでもなく、国家錬金術師機関は大総統の直轄機関であり、そこで開発されたツールはいずれも機密扱いとなる。軍事利用されているブラックボックス扱いの内容であるなら尚更で、おいそれと外部に持ち出すことは禁止されているだけでなく、犯罪と同レベルの不祥事に定義されている。
 「詳しく話せ」
 見過ごせないと判断したのだろう、ヒューズが声を潜める。それへ、エドワードは淡々として応えた。
 「明日、大佐にちゃんと報告するつもりなんだけど……。俺がルーニーのB&Bで少尉達と落ち合った時、特殊な錬成陣が使われた痕跡があったんだ。シール状で、しかも、ストッパー付きだった。詳しいからくりは省くけど、要するに持ち運びできる上に、誰でも使える錬成陣ってわけだ」
 「そんなものができるのか」
 「普通はできない。だからこそ、特殊なんだ。それで、誰がそれを開発したのかアルフォンスに調べてもらった。俺もさっき聞いたばかりなんだけど、南部出身の術師だそうだ。問題なのは、去年、こいつは国家錬金術師の資格を取ってたってことだ。ストッパーの発想が認められたわけなんだけど……」
 「それが外へ流れてたってのか」
 軍事機密の漏洩。考えただけでも頭が痛くなる。G2の連中は知っているのだろうか。もっとも、承知の上でその錬成陣の使用を見過ごしたのだとしたら、とたんに面倒なセクション同士の軋轢が浮上することになる。
 「どういう経緯かは知らないけど、そういうことだ。知ってしまった以上、俺には告発する義務がある」
 「ちょ、ちょっと待て……」
 慌ててヒューズがエドワードを制止する。
 「お前、自分が何を言ってんのか判ってるのか。せっかく終息しようとしている事件をまたひっくり返しちまうんだぞ」
 抜け目のないエドワードのことである。告発するというからにはしっかりとした物証を握っているに違いない。場合によっては複数のセクションが抗議の声を上げることになる。その調整や根回しを考えると頭が痛くなってくる。
 「明日、ロイの野郎に報告するんだろ。だったら、それまで待ってくれ。こっちにも都合があるんだ」
 「悪いけど、そんなん俺の知ったことじゃない」
 当然のことながら、大総統直轄の独立機関に軍令部の意向など考慮する価値もない。エドワードが告発すると言うのなら、それを邪魔する権限はヒューズにはなかった。
 「話を通さなきゃならない相手がいる。頼むから、そう性急に動くな」
 「あのなぁ……」
 不意に、エドワードが悪戯っぽい笑みを浮かべて身を乗り出す。思わずヒューズは舌打ちしたくなったが、後の祭りだった。
 「もうその手には乗らねーよ。そうやって時間稼ぎして有耶無耶にしちまう気だろ?」
 「関係機関に話を通すだけだ。勘繰るな」
 「その関係機関ってのは、ハボック少尉のボスのことか」
 「エド……」
 うんざりしたようにヒューズが椅子の背凭れに背中を預ける。
 「お前、考えすぎだ。ハボック少尉の上官はロイの野郎だ。それ以外はいない。だいたい、軍ってのは上意下達が徹底してる組織なんだ。直接の上官の命令以外は――」
 「聞いちゃいけないことになってる。……それくらい知ってるぜ。だけど、そういうルール違反のできる組織ってのもあるんだろ?」
 言われるまでもない。そんなインベーダー紛いの機関が存在することを匂わせたのはヒューズ本人である。今更誤魔化しはできなかった。
 「面倒な奴だな、まったく……」
 どこまで困惑しているのか、ヒューズが前髪をかき上げながら苦笑する。が、人一倍好奇心の強いエドワードを納得させるには、ある程度の情報開示もやむを得ないと判断したらしい。ヒューズは観念したように口を開いた。
 「ああ、そうだ。ハボック少尉にはロイの他にボスがいる。ただし、あくまでアドホックだ。要請があれば受けるって程度で、常勤ってわけじゃない」
 「軍とは別の組織なのか」
 「そうだ」
 俺も全体像を知っているわけじゃないんだが、と前置きしながら、ヒューズは椅子に座り直すと、エドワードを手招いた。
 「大きな声を出すなよ。その組織は軍に対する行使権はいっさいない代わり、好きな部署から人材を徴募できる権限を持っている。早い話、政府の直隷機関だと思ってくれ」
 地位的にはお前ら国家錬金術師と同じだ、とヒューズは付け足した。要するに、権力の行使に対し、他機関からの干渉は全く受け付けない、ということである。
 「いったい、何て組織なんだ」
 「それは言えない」
 素っ気なくヒューズは首を振った。ならば、ロイに聞こう、とエドワードは思った。知らないうちに自分の部下を横取りされ、剰え証拠消しや口封じに使役されてしまったのである。ヒューズの口調から察するに、ハボックを徴募した組織は公然の秘密になっているようだったが、潰されたプライドを上手く突付けば喋ってくれるだろう。
 「しかし、信じられないな。あのハボック少尉にそんな器用な真似ができるなんて……」
 「俺もだ」
 本当に信じられない。セルの一員として非合法組織に潜り込み、キャット殺害のバックアップをし、エドワードとヒューズを殴って病院送りにしてテープを奪い、テリナ大尉が隠匿した証拠の隠滅を図ったなど。
 しかも、頭を打って一時的な記憶障害のためにキャット殺害の任務を忘れていたにも拘わらず、それすらも利用してセルのバックアップ役を見事に果たしたのである。
 しばらく二人は沈黙した。その静まり返ったテーブルにウェイターが料理の皿を並べていく。やはり二人は黙々と食べた。
 「で、これからどうするんだ」
 食後の軽いアルコールを口にしながら、ヒューズは問いかけた。もう今回の共闘は終了になったと見ていい。二人が行動を共にする理由はない。
 「アルフォンスが宿で待ってる。明日、東方司令部で会おう」
 「判った」
 それで話は終わりだった。エドワードはさっさと席を立つと店を出て行った。
 が、ヒューズはしばらくテーブルから動かなかった。しばらくしてカウンターへ行くと、電話を借りた。
 「こんな時間に悪いな。あんたにちょっと耳に入れたい情報がある。今から出てこれるか」
 そう誘いをかけると、相手はすぐに応諾の返事をくれた。もっとも、ここで拒絶の返答はない。
 支払いを済ませ、店を出るとヒューズはホテルではなく、メインストリートに沿って賑わっている繁華街の方へと向かった。
 東部へ出向いた時には必ず足を運ぶバーの気障ったらしい看板を横目に、ヒューズは胸ポケットから煙草を取り出すとライターで火をつけた。その脇を、酔客を連れた華やかな女達が通り過ぎていく。
 これからお楽しみなのだろう。が、この手の女は手癖が悪い。つい最近も酒に睡眠薬を入れられた酔っ払いが身包み剥がされてしまったという事件があったばかりだった。東部は比較的治安がいいと言われているが、それなりに猥雑さや粗悪な雰囲気は他地域と同様、徐々に醸成されつつあった。
 「誰かを待っているのかしら」
 不意に、背後から声をかけられ、ヒューズは驚いた風もなくゆっくりと振り返った。
 「待ちぼうけをくらったみだいだがな」
 視線の先には体にぴったり張りついたミニスカートの女が立っていた。膝の上まであるスパイクヒールのブーツは、それだけで彼女がどういう職業の女性が知らしめている。
 が、ヒューズは密かに苦笑した。
 「今日はまた一段と挑発的な格好だな、レティシア。本職を忘れちまいそうだ」
 「あらそう」
 軽く受け流すと、レティシア・コール少佐は肩に落ちてきた金髪を後ろへと払った。
 「話というのは?」
 「ハボック少尉のことだ」
 声を潜め、ヒューズは歩き出した。その腕にレティシアが縋りつくように寄りそう。この界隈でよく見かけるカップルそのものの風情だった。
 「もしかして、知ってたのか。少尉がアセットとして例の組織に送り込まれてたのを」
 「いいえ」
 平然としてレティシアは首を振った。どこまで本当なのか、ヒューズにも見分けはつかない。さすがにG2の次期部長と目されているだけのことはある。
 「まぁいい。それより、少尉を足抜けさせられるか」
 「それは無理。今回のことで彼は実績を認められたの。例の組織からも管理本部からも。もうしばらく続けてもらうことになるでしょうね」
 「二重スパイをか」
 ロイの野郎が青筋立てて怒りまくるだろうな、とヒューズはぞっとしたが、上からの意向ではいかな司令部付きの大佐でも覆すことは難しい。抗議文を送りつけるのが関の山だろう。
 「それは必要なことなのか」
 「もちろん。だからこその選択よ」
 レティシアの台詞に迷いはない。縄張り荒しされたというのに、酷く冷静だった。
 「取り引きしたのか、連中と」
 「まさか」
 「じゃ、何故そんなのほほんとしていられる」
 「目的が同じだからよ」
 「目的?」
 鸚鵡返しに問いかけ、しかし、ヒューズはすぐに思い当たった。ハボックをセルの一員として迎え入れた非合法組織は、G2も長年追いかけていた重要ターゲットだったはずである。アセットとして使えるなら、そのままにしておきたいのだろう。
 「さすがに『生まれながらの殺人者』だな。管理本部の扱いも丁寧だ」
 「エリートですもの」
 どこか茶化したような言い方に肩を竦めながら、しかし、ヒューズは満更でもないと思っていた。今回の事件では少なくとも五人の殺害に関わっている。それを平然とこなし、通常通り司令部の仕事をこなしていたのである。
 このタフネスさがロイにもあれば、イシュヴァール戦を引き摺ってあそこまで懊悩することもなかっただろうに、と埒もないことを考える。
 「ロイの野郎に一言言っておくべきだな。でないと、上官の権限で妨害工作しそうだ」
 「じゃ、それはあなたから上手く言っておいて。私がしゃしゃり出たりしたら何かと勘繰るでしょうから」
 「判った」
 気は進まないが、軍にとって、否、公的な組織にとって、個人の感情は考慮の外だった。何よりも優先されるのは組織の保持である。そのためには、二人や三人の人間が消されたとしても瑣末なこととして心の整理をするしかない。それは、ロイも判っているはずだった。
 ただし、納得してくれそうにない人物がまだいる。
 エドワードの説得には手を焼きそうだ、と気の重くなる思いを抱え、ヒューズはしばらく金髪美人との夜の散歩を楽しんだ。
 「でも、安心して。管理本部はあくまで内務省の管轄よ。軍に仇なすなら私達も黙っていない」
 「何か企んでいそうな言い方だな」
 「あら、そう聞こえた?」
 嫣然とコール少佐は微笑ったが、その意味をヒューズはよくよく判っていた。G2こと参謀本部第二部は、大総統に対して、帷幄上奏権を持っている。直接話ができる地位にいるのである。軍が追跡していた組織のメンバーを殺害したとなれば、充分問題提起できる。
 軍が統帥権の独立を盾に政府を圧迫している現状において、大総統はアメストリスにとって事実上の国家元首であり、独裁者である。
 勝手な行動をとったとして、今後政府を脅す材料に使えるだろう。そういう意味では、事後処理の如何によって、G2は手柄を立てたことになる。
 「相変わらず、転んでもただでは起きないな」
 「褒め言葉として受け取っておくわ」
 やはりさらりと受け流し、コール少佐は歩き続けた。ざわざわとさざめく雑踏が心地よい。願わくば、聞き耳を立てている者がいないように、とヒューズは思った。














END 2010,5,23


 やっとこさ終わりました♪ 日付を見ると、書き始めたのは3年前。途中、2年以上という中断がありましたが、それでも1年くらい書いていたということになります。
 長かった……。
 しかし、読み返してみると、穴だらけですね☆ しかも、エドとロイがまとまっていない。(^^ゞ こりゃエピローグでも書いてまとめるしかないかな、と現在考え中です。