名月は清風を払う 2
| 躑躅ヶ崎のお館に到着すると、少々早かったのか、真田幸村は式台でしばらく待たされた。 標高が高い信濃の上田と違い、盆地にある甲斐はすでに汗ばむような陽気で客人を迎えてくれたが、まだまだ本格的な季節の到来にはいささか間があった。農民達が田植えのための苗床を用意し始めるこの時期、農繁期を控えて戦はなりを潜めていた。 己れの主である信玄にいきなり呼び出されることには驚かないが、軍評定があるとも聞いていないというのに、いったい何の御用か、と幸村はずっと訝っていた。上杉との再戦は検討されてはいるが、先端を開くのはまだ先のことと聞いている。甲斐内部で問題が起こったとも聞いていないし、他に心当たりもない。 やがて、開け放たれた障子の向こうから、覚えのある男の声が聞こえて来た。歩きながら奥近習の者と何事か喋っているのだろう、だんだんと近付いて来る忘れようもない力強い声音に、幸村はさっと居住まいを正した。 「すまぬな、待たせたようだの」 そう言いながら奥近習の少年とともに、信玄は平伏している幸村の前に腰を下ろした。声の調子からして機嫌がいいのは判る。が、どこか困惑しているような気配もある。 「そなたを呼んだのは他でもない。実は、頼みがあってな。難しい問題が持ち上がったのじゃが、引き受けてくれる者がおらぬ。本来なら、こういうことは信繁に頼むところなんじゃが、あやつもこの頃は忙しいらしゅうての」 「こういうことというのは?」 信玄らしくない曖昧な物言いに、ますます幸村は怪訝に首を傾げた。信繁というのは信玄のすぐ下の同母弟のことで、温厚、誠実な性格のせいか、信玄とは仲がよく、領国経営についても戦についても片腕的存在だった。陣代を務めることも多く、今川や北条との折衝役も引き受けており、甲相駿の三国同盟の功労者ともなっていた。とても、かつては信玄と家督争いを演じたとは思えない。 「詳しくは聞いてくれるな、と言いたいところじゃが……」 と、ここで信玄は、やはりらしくなく、ため息をついた。 「情けないことに、わしの家庭内のことなんじゃ」 「は?」 予想外の台詞に、つい幸村も呆けた返答をしてしまう。 「家庭内?」 不思議そうに首を捻っている幸村の姿が滑稽だったのか、信玄が含み笑いを漏らす。 「此度、そちは信繁の代役となる。頼まれてくれぬか」 「申し上げるまでもありませぬ」 すかさず幸村は答えた。元より信玄の命に服することに些かの躊躇いもない。信繁の代役と聞けば尚更のことである。 「これを読んでみよ」 と、信玄が懐から一通の書状を差し出す。近習の者から受け取った幸村は、早速それを目の前で広げて見た。 「これは?」 見覚えのない、しかし、どこかで見たような花押が真っ先に目に入った。が、どこで見たのか、と思いを巡らせる前に、文末の署名を見てぎょっとした。 「お屋形様、これはもしや……」 幸村の目に間違いがなければ、そこには「信虎」という文字があった。 ――武田信虎。 三〇年以上も前、信玄が家臣団とともに起こしたクーデターによって甲斐を追放され、放浪を余儀なくされた、前甲斐国主であり、信玄の実父でもある人物だった。 「まるで不幸の手紙じゃ。遠江の視察に行っていた仁科が持って帰ったものなんじゃが……。ああ、内容は全部読まんでいい。殆どわしに対する愚痴だからな。いい加減聞き飽きたわ。いや、こう久しぶりだと却って懐かしいものよ」 やはりため息混じりに信玄は視線を外へとやった。その先にはお裏方がある。信玄の正室や側室、元服前の子供達が暮らす別棟である。どうやら先程までそこで捕まっていたらしい。 「お方様は何と?」 「相変わらずじゃ」 「左様で」 深くは聞くまい。京都の三条家から嫁いで来たご内儀は、春の花のように雅やかで、信玄とも夫婦仲は良かったが、どこか世間ずれしているところがあり、時にその無邪気さで信玄を失笑させていた。今回も舅の消息を素直に喜んでくれたのだろう。 「お屋形様は、どうなされるおつもりなので?」 「そこが問題よ。畿内でもどこでもいいから大人しくしておいて欲しかったのだが、わしとて情がないわけではない。もう八〇歳も近いご老体なのだから、甲斐に戻すことも考えたが……、やはりこれは家臣団の抵抗が大きかろう」 「では、別の場所へお移りいただくことになりまするか」 「そのつもりじゃ。できれば、監視の目の行き届くところがよい。しかし、正直なところ、いくら世俗のことには口出ししてくれるなと言っても無駄かも知れぬ」 まるで過去の亡霊である。今川義元が桶狭間で信長に討たれた時、もっとちゃんと待遇を考えておくのだった。後悔してももう遅いが、始末はつけなければならない。 「本当に困ったものじゃ、父上には……」 もう一度、信玄がため息をつく。恐ろしいことに、まだまだ現役だった。 甲斐を追放された当時、信玄の姉 定恵院が嫁いでいた今川義元の居住する駿府城にお預けとなっていたのであるが、この定恵院が病死し、義元も討たれてしまってからは駿河に居辛くなり、ある日出奔して行方不明になったかと思うと、大津で見かけたとか、京都で物見遊山をしていたとか、悠々自適の生活をしていたようで、風の便りを聞くたびに信玄は金品を送っていた。その対応や遣いにやらされていたのが、信虎お気に入りの信繁だった。 それで今回もお出ましになるはずだったのか、と幸村は妙な納得をしたが、しかし、それだけにデリケートな問題だった。内政でも軍事でもない、しかも忘れ去ってしまいたい過去の傷に、武田の一家臣に過ぎない己れがどこまで首を突っ込んでいいものか、見当もつかなかった。 「それで、信虎様は今どこにおわします」 「北畠殿のところじゃ」 京好みで派手好みの信虎らしい。北畠氏は村上源氏の流れを汲む一族で、朝廷から任命された国司の家柄だった。当時、国司は足利幕府から任命された守護より上と見られており――武田氏は守護の家柄――、その家系と懇意になるということは京の都に近付いたとも言える。 もっとも、北畠氏の統治する伊勢志摩は信長の侵攻を受けており、風雲急を告げていた。信虎は北畠氏の助太刀をかって出て、何度となく織田軍を退却させている。とても老人とは思えない矍鑠とした姿だったらしい。恐らくは、自分はまだ隠退したとは露ほども思っていないのだろう。信玄が苦笑するのも無理はない。 今回の手紙も、さっさと上洛せよとの叱咤のつもりで書いたのか、いつにも増してきつい言葉で信玄の緩慢極まりない西上を詰っていた。 「難儀ではあるが、父上を説得して大人しく隠居してくれるよう言ってくれぬか。望むなら、京の都に居住してもよいから、と。あちらには三条の兄君もおる。身元引受人になってくれるだろう。わしがその旨一筆書いておく」 「畏まりました」 即座に幸村は承知した。信繁の代理という名目に身の震えるような恐縮と感動を覚えていたが、祖父である幸隆からさんざん話に聞いていた信虎という人物に興味もあった。 「お屋形様、この幸村、全力でご使命を果たしてみせましょうぞ」 「それでこそ、我が先方衆じゃ。頼んだぞ」 「はっ」 「それと、出発する前に信繁に会うといい。奴は今、信廉と一緒に高遠の方に出向いておる。しばらくはあちらから動けないそうじゃ」 父上の消息を知らせてやれば二人とも喜ぶだろう、と付け加え、信玄は信虎からの書状を持って行くよう指示した。 改めて幸村は平伏し、信玄が立ち去るのを待ってから躑躅ヶ崎館を辞した。 意気揚々と城下の真田屋敷に戻った幸村は、しかし、話を聞いた佐助の蒼白な顔に迎えられた。 「旦那、それ本気?」 「冗談でこんなことは言わぬ。明日にでも紀州に向かうぞ。そのつもりでいてくれ」 「ちょ、ちょっと待ってよ。あの信虎だよ。大殿からさんざん悪逆無道の行いを聞いてるでしょうが。忘れたっての。信濃勢がどれだけ苦しめられたか知らないわけじゃないでしょ」 真田の大殿というのは、幸村の祖父 幸隆を指す。信虎は信濃の攻略に梃子摺り、その腹いせかあちこちで暴虐な振る舞いをして住民の顰蹙をかい、しかもそのツケを重税を課すという形で領民に回したため、戦に踏み荒らされた信濃だけでなく甲斐の国人からも忌避されてしまった。失政を続ける信虎を、最終的には譜代の家臣すら見放し、ついには嫡男である信玄の主導で追放という始末になったのである。 その時の惨状を、幸隆はよく覚えていた。横暴な武田氏に屈することなかれ、と息子や孫に諄々と語り伝え、信玄が新たな国主となり、信濃攻略の方向転換を確認してから臣従したのである。以来、真田家は武田軍の先陣を切る先方衆を務め、後に旧領を回復して、その地位を安堵されている。 「忘れたわけではない。信虎公が追放された時は犬まで喜んで踊ったというからな。しかし、もう昔のことだ。お屋形様もお父上のことには触れたくはないのだろうが、しかし、放っておくわけにもいくまい」 「そりゃそうですけどね……」 ここでいくら文句を言っても反対しても、いったん引き受けたからには幸村が前言を翻すことはない。況や、敬愛してやまないお屋形様の頼み――極めて個人的な――である。がっくりと肩を落としながらも佐助は旅仕度に取り掛からずを得なかった。 翌日には幸村は馬上の人となり、高遠へ出向いた後、南西へと旅立った。北畠氏が領有しているのは紀伊半島の東側に位置する伊勢志摩。甲斐からは馬で数日かかる。 が、しかし、信玄からは海路を使え、と指定されていた。今川氏が領有していた駿河と遠江を占拠した時、信玄はそこにある港湾をも手に入れており、そのうちの一つ、清水港へ向かえ、とのことだった。 そこは上代から発展していた港で、頻繁に海賊衆と呼ばれる輩が出入りしており、活況を呈していた。海賊とは言っても、略奪行為を旨とするバイキングやカリブ海の海賊などとは違い、現代で言うところの海運業者のことである。中央政権の許可を得ずに各地で取引き――私貿易のこと。戦国大名の朱印をもらって営業している業者も同類と見做された――をしているという意味で「賊」と呼ばれていただけである。もっとも、旅人が横柄だったり大金を持っていたりすると、誘拐、殺人事件となる場合もあったというからには、荒っぽい連中も多かった。 そして、海賊衆の中にはその財力と機動力、軍事力を買われて戦国大名に臣従する者もあり、それは水軍と呼ばれて海戦などに使われた。 代々今川氏の保護を受け、整備されていた港湾は、暖かな陽光に煌めいていた。海賊衆と取引きしている商人達は信玄の意向で現状維持とされたため、港では以前と変わりない人と物の流通が行われていた。 「小浜だったな」 港に着いたら訪ねろと言われていた業者は、しかし、なかなか見つからなかった。船着場にはかなり遠方から来着したらしい安宅舟から近隣を走り回っているのだろう、漁師の小舟まで様々な船がたゆたっていた。馬印のように、それなりの目印が船体に描かれたり、旗が靡いていたりするのであるが、どれが小浜氏の印判なのかが判らない。判らない時は人に聞けばいいのだが、何故か知っている者がいなかった。 「しかし、お屋形様のご手配に間違いはないはず」 太平洋に続く広い海から吹きつける潮風を頬に感じながら、幸村は港湾を歩き続けた。 やっとのことで小浜の船を見つけ出せたのは、夕刻近くになってからのことだった。 「すまんかったの。わしら新入りなんであんまり顔が売れとらんのや。けど、これからここを足がかりにさしてもらうで。期待しといてや」 と、応対してくれた船頭は関西訛りの強い口調で幸村を迎えてくれた。どうやら畿内周辺から来たらしく、船内には元気のいい関西弁が飛び交っていた。聞けば、小浜氏は志摩を根城とする海賊衆の一派だったが、つい最近、信玄の招きを受けて駿河に移動して来たのだという。 「他にもおるで。間宮とか向井とか伊丹……。まぁ、早い話が地元を追われてもうたんやけどな。船がありゃどこでも商売はできるわ」 船頭は陽気な調子で志摩半島の一部で海賊同士の勢力争いがあったことを教えてくれた。その闘争に敗北した輩を信玄が駿河へ誘導したのだという。 さすがお屋形様。港が繁盛すればその運上金で領主も潤う。経済活性の施策として信玄は清水港を手に入れたのだな、と幸村は察した。 今川氏は海路を使って大阪や堺と交易し、巨利を得ていたし、織田信長の父 信秀も伊勢湾貿易の要衝として栄えた津島から上がる莫大な運上金を軍資金として回し、守護代の三家臣の一人という決して高くはない身分から下克上を成功させ、戦国大名として名乗りを上げた。港湾を手に入れるということは、将来の莫大な収入を約束されたも同然だったのである。しかも、海路で紀州か大阪湾に入れば、京の都は目の前だった。 「紀伊までは二日やな。それまで大人しにしとってや」 そう言われて案内された船室は、船室というより倉庫の一角で、南蛮人用の燕麦がそのままバラ積みされていた。他には何の設備もない。客船ではないのだから仕方がないと割り切り、幸村は荷を解いた。 翌朝、港を出た船は海岸からさして離れていないルートをとり、穏やかに西へと向かった。幸いにも天候に恵まれ、船は順調に行程をこなして行った。 この時点で、幸村はまだ伊勢志摩で何が起こっているのか、想像だにしていなかった。 「あんたのお屋形様によろしゅうな」 と、船頭や漕手に見送られ、志摩半島から幾分離れた港湾で船を下りた幸村は、早速北畠氏の居城である田丸城へと向かった。幾度となく戦があったらしく、道すがら刈田の跡や何かが燃やされたような痕跡が至るところに残されているのを目にしたが、戦国の倣いとばかり、幸村はあまり気にしなかった。 戦火で焼けたのか、田丸城も最近建て直したばかりらしく、正門の柱も白壁も真新しく、三層の天守閣も剥落一つなかった。北畠氏の当主は、この時九代目の具房だったが、幸村を迎えてくれたのは、その息子の具豊だった。 「実は、当主具房は病気で動けぬ有様でな、応じることができず申し訳ない。代わってわしが用向きを伺おう」 そう言って、具豊は信玄からの書状を受け取ってくれた。 「ご病気とは、初めて聞き申したが、いつからでござるか」 「一ヶ月前からじゃ。この最近は起き上がるのも辛いと見えて寝たっきりになっておる。養生のため大河内の方に移っていただこうかと思ってはいるのだが、これがなかなか頑固で……」 困ったように具豊が口元を歪める。その、笑みにも似た微妙な表情の動きに、ふと幸村は不穏なものを感じ取ったが、敢えて指摘しないことにした。もし、親子の間に何らかの確執があったとしても、それに加担することは許されない。幸村の使命は、あくまで信虎と接触することにある。 「さて、お尋ねの信虎殿であるが、残念なことに、この伊勢志摩にはもうおられぬ。三月ほど前、ここを立ち去られたのだ」 「行方を聞いてはおりませぬか」 「京の都へ向かうようなことを言っておったそうじゃ。わしはその場におらなんだから、詳しいことは判らぬ」 「では、具房殿は聞いておりましょうか」 「多分、聞いておるだろう。しかし、先程も言ったように、我が父上は臥せったままでの。まともに口がきけるかどうか……」 考え込むように言葉を途切らせた具豊に助言してか、傍らに控えていた家臣が口を開いた。 「大殿ならばご存知かもしれませぬ」 「大殿?」 怪訝に幸村が問いかける。具房の父親がまだ存命なのだろうか。その名前を思い出そうと記憶を辿ろうとした幸村に、具豊が口を挟んだ。 「我がお祖父様のことじゃ。第八代当主、具教」 この時の、何か安堵したような具豊の顔を、幸村は後々まで忘れられなかった。時に人というものは、どんな残酷なことでもやってのける。それを実感させられた。 「会うてみるか」 「是非に」 「ならば、案内させよう」 そう言うと、具豊は傍らの家臣に命じて幸村を城内の別郭へ連れて行くよう命じた。 忝い、と素直に幸村は感謝したが、しかし、主殿を出たとたん、ぞくりとするような悪寒を感じた。どこからか降ってきたような悪意の塊だった。 「こちらです」 と、郭の中を案内され、離れに誘導されても、悪寒は続いていた。きっちりと閉ざされた扉を前にして、このままこの中へ入るのは危険だ、と首の後ろがちりちりと焼けるような危機感を覚えていたが、しかし、ここで引き返したら変に思われる。否、それよりも、何が待ち構えているのか存分に見てやろう、という負けん気の強さが頭を擡げた。腕に自信はある。手持ちの太刀は預けてあるが、体術だけでも充分襲撃には対応できる。 どれくらいの人数が潜んでいるのか、と気配を探ろうとしていると、北畠の家臣が独白のように言った。 「具教公は実に勇猛果敢な武将でしてね、しかも、機転がきいて、変幻自在の戦をする方でした。都で腑抜けになった連中とは大違いで」 「何の話でござる」 己れの主人を讃えているにしては、過去形の言い方が引っ掛かる。具教公という呼び方にも幸村は疑問を感じた。それは己れの主人に対する敬称ではない。まるで他国の国主に対する物言いである。が、それに構わず、家臣は続けた。 「厄介な方でしたよ、思ったよりしぶとくて。何せ、この城に篭城して、五〇日以上も持ち堪えて和睦を引き出したんですから。天晴れと言うべきでしょうね」 「言っている意味がよく判り申さん」 慇懃無礼、という言葉が脳裏に浮かぶ。この男の言葉の裏には耐え難い棘と陶然とした酔いがあった。わけの判らない苛立ちに家臣を睨んだが、気にした風もなく、離れの中へと案内された。一人で老人が暮らすだけの家屋であるため、土間と居間と座敷、寝室があるだけの簡素な造りだった。 その、座敷に繋がる襖に、家臣が手をかけた。 「それは申し訳ありません。……こういう意味です」 ぱしん、と勢い良く襖が開け放たれる。その向こうに見える壁の色を目にして、幸村は息を呑んだ。 真っ赤だったのである。まだそんなに時間が経っていないのだろう、赤黒く固まり始めた鮮血が壁一面にぶちまけられていた。飛び散った血は天井まで届いており、床は複数の者に踏み荒らされたらしく、乱雑に散らかっていた。 明らかにここで誰かが殺害されている。 「な、何だ、これは……っ」 「具教公ですよ」 言わずもがな、とばかり、家臣が微笑う。 「ずいぶんと強情な人でした。志を曲げない立派な国主と言えば聞こえはいいでしょうが、自分が誰と戦っているのか知らなさ過ぎた」 殺されるようなことをした具教が悪いのだ、と言わんばかりの口調に、幸村はかっと頭に血が昇るのを感じた。次の瞬間には、家臣を殴りつけていた。日々、信玄との殴り愛で鍛えられている拳である。家臣は屋外まで吹っ飛んだ。 「誰と戦っていたか、だと? 誰だと言うのだ」 それへ、むくりと気味悪く起き上がった家臣は楽しそうに応えた。 「信長様ですよ」 「何……っ」 ここでその名前を聞くとは思ってもみなかった。余りの意外さに幸村は、一瞬の反応に遅れをとった。が、振り下ろされた薙刀をかろうじて躱すことはできた。 「さすがですね、甲斐の虎の子飼いのことはある」 「俺を知っているのか」 「もちろんです」 言われて幸村も思い出した。会ったことはなかったが、信長が美濃の斎藤氏を攻めた折り、薄気味の悪い長髪の男が側にいたという報告を聞いていた。その獲物は、巨大な鎌のような禍々しい形をしていた、と。 「明智光秀」 「正解」 言いざま、再び刃が薙ぎ払われる。飛び退ってそれを避けると、幸村は咄嗟に間合いを取り、光秀を睨みつけた。 「何故、具教殿は殺されねばならぬ」 「邪魔だからですよ、信長様の」 それ以外の理由はない、と光秀は当然のように笑った。伊勢志摩は、尾張から京に上る通り道にあったのである。そこに国司などいては目障り極まりない。が、具教は敢然と抵抗した。長期に渡る篭城戦に手を焼いた信長は妥協案を出さざるを得なかったという。 それが惨殺しても飽き足りない怒りを掻き立てたのだろう。恐らく、病気で臥せっているという具房もすでに始末されているに違いない。 「具豊殿は承知の上か」 「聞かれるまでもない。あのお方は北畠殿の実子ではありませんから」 では養子か、と思う。具房には息子はいなかったはずであるから、親戚の者から養子を取ったか、娘に婿を取ったかしたのだろう。そして、それが信長に内応した。親兄弟でも裏切りや寝返りは日常茶飯事のこのご時世である。具房はそれが読めなかったのだろう。 が、光秀はせせら笑った。 「具豊様は素晴らしい方です。さすがは信長様のご子息」 「何だと……っ」 ぎょっとする間もあれば、幸村は繰り返し薙ぎ払われる刃に袷を切り裂かれた。が、血は出ていない。皮一枚で躱したようだった。が、逃げてばかりではいずれやられる。 意を決すると、幸村は姿勢を低く沈め、一気に光秀の懐に飛び込んだ。薙刀や長槍は長さがある分、敵との距離を測りながら揮うことができるが、ごく近くに接するよう迫られると動きが取れなくなる。反射的に身を反らそうとした光秀を許さず、幸村の拳はその顎を捉えた。 「がっ……」 迷わず、光秀は吹っ飛んだ。ここでも幸村の腕力は威力を発揮した。どさりと背中から倒れ込んだ光秀は、後頭部を強打したらしく、しばらくは動けそうになかった。しかし、ぐずぐずしてはいられない。すぐに騒ぎを聞きつけた家臣達が駆けつけてくるだろう。そうなったら、多勢に無勢である。 すぐさま逃げ道を探した幸村の耳に、囁くような声が聞こえた。 「東だ。旦那、東の方へ走って」 「佐助……」 殆ど何も考えずに幸村の体は動いた。東の方向へ行けば、外に出られる虎口がある。そこまでの距離を全速力で走った。すでにこの騒ぎは織り込み済みだったのか、主殿のある郭の方から叫ぶような声が聞こえていたが、まだ誰も周囲には出て来ていなかった。少しでも足を止めれば捕まってしまう。捕らえられれば、命はないだろう。 やがて、土塁の築かれた虎口が視界に入り、その向こうに馬が止めてあるのが見えた。 「旦那、早く」 「すまぬ」 一声かけて、幸村は馬に飛び乗った。 「ごめん、俺の手落ちだ。北畠の家はとっくの昔に織田に乗っ取られてた。もっと早く知らせられればよかったんだけど」 馬を疾走させ、枡形虎口の第一の門を潜ったところで、はっきりとした佐助の声が聞こえた。恐らく、そこに潜んでいたのだろう。 「乗っ取られていただと?」 「旦那が会った具豊って奴、本名は織田信雄っての。信長の三男だよ。具房の養子に入って北畠の姓を名乗った時に具豊って名前をもらったそうだ」 「何故、そんなことに」 「それが講和の条件だったんだ、田丸城が開城させられた時の。具教も具房も殺さない。しかし、具教の娘 雪姫の婿として信雄を迎えて北畠家の家督を継がせるってね。だが、義父と義祖父の隠居が待てなかったらしいな、信雄は」 それで手っ取り早く殺したわけか、と幸村は苦々しく納得した。邪推するまでもなく、二人の殺害は信長の命によるものだろう。 「鬼畜が……っ」 吐き捨てるように罵倒すると、幸村は田丸城の縄張りを抜け、城下へと出た。城下町には整備された街道が走っているのが常であるが、町衆の安全を考えて、普通は馬を入れることを禁止している。 幸村は迷うことなく郊外へと馬首を向け、西へと向かった。 2009,4.19 Continued
こちら、幸村サイドです。いったい、どこで何をしていたのか、ということなんですが、もうちょっと先があります。 |