Black Card 10
チッ、とデヴィッドが舌打ちする。
「どうした」
ドライバーズシートに座ったコンラッドがハンドルに手をかけたまま助手席を見遣る。それへ、デヴィッドは右耳のイヤホンを投げ捨てるように外すことで事態を知らせた。
「また妨害電波か」
「ああ、だが、別に構わない。連絡が取れなくとも、実行はできる。昨日、ちゃんと打ち合わせはやっておいたからな。連中が知能指数五〇以上なら忘れちゃいないだろうよ」
「そうだな」
デヴィッドからの指示があろうとなかろうと、花屋の店頭に潜んで投擲の機会を窺っているソードのメンバー四人が襲撃を決行するだろう。実のところ、タイミングは店頭の方が計りやすい。デヴィッド達が乗るバンは大通りに面した歩道脇に停めてあるため、見通しは酷く悪かった。
「しばらく待とう」
それへ、コンラッドは頷いただけだった。
カーブを曲がる直前、クルマはスピードを落とす。狙うなら、その時がチャンスだった。曲がり切る手前でスピードを上げるため、それを逃したら、後はない。
やがて、大通りの車道から、明らかに軍用と判るクルマが二台、滑らかな動作で目の前を横切って行った。一台目が通り過ぎ、二台目が通り過ぎる刹那、リアシートに座るハクロ少将の姿が垣間見えた。そのまま奥のサンロードへ続くルートへと、滑り込むように入って行く。
「行ったな」
「ああ、行った」
あとは、少々待つだけ、と二人は目線だけで頷き合った。
それから、きっかり一二秒後、二人の耳に、聞き覚えのある爆音が轟いた。
「よし、行こう」
デヴィッドが指先を振る。コンラッドはサイドブレーキを解除すると、シフトレバーをドライブへ入れ、アクセルを踏み込んだ。
周囲の人々が騒ぎ出す前に現場を離れておくのが、サヴァイバルの鉄則だった。
が、しかし、この二人の後をつけるクルマがいたことには、気がつかなかった。
突然鳴り響いた、時ならぬ轟音に、のんびりとオープンカフェに屯っていた客や通行人は、いっせいにその方向へ目をやった。
「いったい、何事だ?」
「ガス爆発か」
一気にざわめく人々に混じってテーブルについていたセシリアはゆっくり立ち上がると、その場を立ち去ろうとした。
が、しかし、すぐに呼び止められ、足を止めることとなった。
「もうお帰りですか」
聞き覚えのある男の声に、セシリアは内心ぎくりとしたが、あくまで平然として振り返った。
「もうお昼の時間は終わりでしょう。それとも、まだなのかしら、マスタング大佐」
「ちょっと野暮用がありましてね」
言いながら、ロイはセシリアとの距離を縮めた。セシリアは落ち着いてはいたが、椅子の背凭れを握る手が白くなっていた。
――どなたかの護衛を引き受けたのではなかったの。
そう言いたかったに違いない唇は、しかし、何も問いかけようとしなかった。代わりに、ロイが口を開いた。
「私と一緒に来ていただきましょうか」
「あら……」
と、セシリアが軽く驚いた顔をする。
「それはお誘いかしら。いくら私がお誘いしてもなしの礫だったというのに、どういう風の吹き回し?」
「色々ありましてね」
ロイは懐に手を突っ込むと、一枚の紙を取り出し、セシリアの眼前に突きつけた。
「あなたに逮捕状が出ています。詳しいお話は司令部で伺います。あなたが望んだように、朝までゆっくりお付き合いいたしますよ」
「……っ」
内容を確認するフリをして、しかし、セシリアはいきなり身を翻そうとした。
「ハボック、その女を捕まえろ」
ロイの一言で、待ち構えていたらしいハボック少尉が正面から立ちはだかり、セシリアを拘束した。
「離しなさいよ」
「司令部へ到着したら、離してさしあげます。それまでは大人しく我々の言うことを聞いていただきます」
「バカを言わないでっ」
「こんなところで騒ぎを起こしたくはないでしょう。あなたには恥も外聞も、それを把握する理性もあるはずだ」
この期に及んで見苦しい真似をするな、でなければ、もっと無様な姿を大衆の面前で晒すことになる、という忍びやかな警告は、充分セシリアに届いたらしい。憤然としながらも、抵抗するのをやめると、ハボックを睨みつけた。
「離しなさい。私は逃げも隠れもしないわ」
「それでこそ、あなただ」
皮肉ではなく毅然とした態度をとろうと繕う姿はさすがだった。伊達に、ソードのリーダーはやっていない。
もっとも、こんな人目のある場所で手荒な真似をするのは、ロイ達にとっても余りいいことではない。それで人々の反感を買ったら、軍の評判がまた悪くなる。否、こういう場面で、自称「正義の味方」を気取った輩が出現してくれないとも限らない。
「あとは大将の方ですね」
上手くいったかな、と窺うように、セシリアを憲兵に引き渡したハボックが、ロイに問いかけるでもなく呟く。
「大丈夫だろう」
ホークアイ中尉なら上手くやる。そう確信して、ロイは乗り捨てたに等しい形で放置していた軍用車に戻った。
サンロードに上がった閃光と煙は凄まじいものだったが、すぐに収まり、憲兵が進入禁止のテープを張り、現場検証を始める頃には、人だかりも少なくなっていた。
ホークアイ中尉の向けた銃口は揺るぎない意志を持って、しっかりとこちらに向けられていた。遠目からも、それが対テロ用の軍用拳銃P9Sであることが判る。固定式にできるローラー・ロッキング・システムを採用したそれは、命中精度を高め、初速を向上させ、即応性にも対応しているモデルだった。軍だけでなく警察にも広く採用され、高い評価を得ていた。
「やれるものなら、やってみなさい」
と、冷静極まる声で、ホークアイはアンディに言い放った。否、挑発したと言っていいだろう。その、人質のことなど全く目に入っていないような台詞にエドワードは慌てたが、拘束されている腕は緩みもしなかった。
「こいつがどうなってもいいのか」
「別に構わないわ。あなたがエドワード君の頭を吹っ飛ばす前に、私があなたの心臓を撃ち抜いてあげる」
「何だとっ」
かっとなるアンディに対し、淡々とホークアイの声は冷たくなっていく。
「私は東部狙撃兵団にいたの。銃のことについては誰よりもよく知っているわ」
言いながら、引き金にかけた人差し指に力を込めるフリをする。内蔵型の撃鉄は外から見えないが、一発撃った後でちゃんと引き起こされているに違いない。この至近距離で急所を狙えば、確実にターゲットはあの世行きだろう。
「何だと……?」
狙撃兵団の名前を知っているのか、アンディがエドワードの背後でびくりとするのが判った。どうやらホークアイは、スナイパーとして最高の訓練を受けたようだった。
「そんな脅しに乗るもんか。だいたい俺の心臓がどこにあると思ってんだ。俺を撃つなら、こいつが先にお陀仏するぜ」
ぐいっと掴まれた腕を捩られ、エドワードは痛みに悲鳴を上げた。否、じたばたと暴れた。暴れながら罵った。さすがに煩かったのか、アンディが舌打ちする。
「大人しくしろっ」
アンディの言い分ももっともである。エドワードの体が盾になっている限り、アンディの心臓は狙えない。どういうつもりでそんなはったりをかましたのか理解に苦しむ。案の定、アンディはせせら笑って見せた。
「あんたのその銃、装填してるのは九ミリ弾だろう? そんなもんで人が殺せるとでも思ってるのか。冗談も休み休み言え」
「あら、よく知ってるわね」
怯むこともなく、ホークアイが微笑う。P9Sには、殺傷力の高いACP弾も装填できるタイプもあるが、バレルの大きさから、ホークアイが手にしているのはそのタイプではないとアンディは見抜いたようだった。九ミリ弾は容疑者の殺害を忌避する警察がよく使う弾丸で、致死率は一〇%前後と言われている。それに対し、ACP弾は一発でターゲットを殺害するために開発された弾丸であるため、その致死率は七〇%以上という。その差は歴然としていた。
が、やはりホークアイは冷静だった。
「九ミリ弾の殺傷力が弱いのは、被甲弾だから。でも、それをフレンジビリディー弾のように使う方法もあるのよ」
「何を言ってる……っ」
「あなたにはG指令が出ているの。もし、ここでエドワード君が巻き添えになっても、一切お咎めなしなのよ。だから……」
と、不意打ちのように、ホークアイはエドワードに視線をやった。
「ちょっと入院することになるけど、すぐ回復するから、我慢してね」
「え?」
どういう意味なのか、と問う間もなかった。
ダブルアクション式の、長くて重いトリガー・プル(引き金を引く距離)をものともしない精確さで、ホークアイはエドワードの胸の辺りを狙った。引き金を引く、照準線のぶれなど全く感じさせない指先の滑らかな動きは、いっそ見事だった。
「……っ」
銃声は一発。
信じられない、という思いと同時に、硝煙の臭いが鼻先を掠めた。それを最後に、エドワードの意識が闇に沈んだ。
それから後のことは全く覚えていない。きれいさっぱり気絶してしまったらしく、アンディがエドワードを離して倒れ伏したのも、ファルマンが駆け寄ってエドワードを保護し、すぐ運び出したのも一切、記憶になかった。
目が覚めたのは、二日後。病院のベットの上でだった。
「よかったな。弾丸は君の体を貫通したそうだ」
見舞いというには余りにもあっけらかんとした態度で様子を見に来たロイがやれやれと肩を竦めてエドワードに報いた。ホークアイの撃った弾はエドワードの左肩に入り、そのまま突き抜けて背後に立っていたアンディの左胸を朱に染めた。
弾が貫通したということは、それだけダメージが少ないということである。弾丸は、体内で留まって拡散するタイプのものが最も高い殺傷力を発揮する。このタイプには四種類の弾丸があるが、中でもフレンジビリディー弾は、ターゲットに当たるや柔らかな素材で作られた弾頭が潰れ、貫通せずに体内に留まって散弾を撒き散らす。筋肉も骨も、文字通りずたずたに切り裂かれてしまうため、致死率は九五%以上と言われている。対テロ用の必需品だった。
九ミリ弾は貫通力が高く、ターゲットが倒れるまで三三発も撃ち込まなくてはならなかったという記録もある。それほど殺傷力の低い弾丸だったが、しかし、ターゲットの前に立ち塞がる障害物を撃てば初速度が落ち、それだけ貫通力が落ちる。そして、障害物を貫通した弾はターゲットに当たり、そこで停止することになる。
アンディはほぼ即死だった、とロイはこともなげに教えてくれた。
「心臓を一発で、か?」
「勿論だ。君は中尉の腕を信用しないのかね。服の上からだというのに、機械鎧に当たらないようちゃんと外していたし、鎖骨の下の動脈も……」
「いや、そうじゃねーよ、あんな荒業やってくれるとは思わなかったから、度肝を抜かれたってか、何てか……」
「そうか? 人質救出の際には、特殊部隊がよく使う手だが。ターゲットを正確に射抜くことができるし、跳弾の心配もない。実に安全なやり方じゃないか」
「俺はそういうの、詳しくないんだよ。つーか、マジで中尉に殺されるかと思ったじゃねーか。寿命が縮んだぞ」
いくら回復できる怪我だとは言っても、銃口を向けられ、剰え、撃たれてしまうという事態はとんでもなく衝撃的だった。いくら致命傷にはならないと慰められても、銃創は銃創である。もし、少しでも狙いが外れれば、上肢血管を損傷して大出血。あっと言う間にお陀仏である。トラウマ、否、PTSDになったらどうしてくれるんだ、と喚くエドワードに、ロイは素っ気なく言った。
「傷が開くぞ、そんなに暴れていると」
「あんたな……っ」
「まぁ、安心したまえ。君の負傷は全治一ヶ月とは言われているが、内臓も骨も傷ついていないそうだから、もっと早く動けるようになるそうだ。リハビリもいらないようだし」
後遺症もない、と言われ、エドワードはため息をついた。
「俺が聞きたいのはそういうことじゃないんだけど」
「何が聞きたい?」
今なら何でも応えてやる、と言わんばかりに、ロイは手近にあったパイプ椅子を引き寄せると、腰を降ろした。
「私も君には色々と聞きたいことがあるからね。まぁ、それは君が全快した後で、おいおい」
「デヴィッドはどうなったんだ」
「死んだ」
「一言かよ」
「では、詳しく言おうか。襲撃を見届けて仲間と逃げる最中、自動車事故で崖から転落、炎上。同乗者と一緒に黒焦げだ。一応、死体は検死解剖に回されたが、まず本人と見て間違いないだろう」
「まさか、あんたが指パッチンで燃やしちまったんじゃねーだろうな」
「その時間、私はハボックとセシリアの元へ向かっていた。疑うなら、少尉に聞いてみたまえ。いくらでも私のアリバイを証明してくれるはずだ」
「そこまでしようとは思わねーよ。……で、そのセシリアだけど、結局ソードとどういう関係だったんだ」
「最初はただのシンパだった。資金面で余裕があったから、パトロンのような立場にあったわけだ。それがどういうわけか、パラメダインの連中に気に入られてソードのリーダーに祭り上げられてしまった」
「リーダー?」
それは初耳である。メンバーだろうとは思っていたが、そんな地位にいたとは予想外だった。
「デヴィッドはいい面の皮だな。自分が引き込んだ女が自分の上に立つようになったわけだから。もっとも、パラメダインとしては、デヴィッドの勢力を削ぐ意味合いもあっただろう」
「デヴィッドが目障りだったのか」
「パラメダインがソードに渡したテロの手引書があるのだが、その欺瞞をデヴィッドは見破った。テキスト通りに手製の爆弾を作ったら、製作途中で爆発するようなお粗末なものばかりだと。しかも、サーモバリックの存在を知らしめて、アンディ達を牽制した。上手くコントロールして捨て駒にでもしようとした相手に、反対に突き上げられたわけだ。こいつは危険だと、パラメダインは思った。それでリーダーの座から追いやって、代わりにセシリアを据えた。早い話、リーダーなど頭の上に乗せる帽子みたいなものでいいということだな」
「何だか、いい加減な連中だな」
そんなんでいいのか、と言いたげなエドワードに、ロイは苦笑して見せただけだった。組織の論理など、外にいる第三者にはなかなか理解し辛いものがある。もっとも、そんなややこしい内部事情などエドワードは知らなくてもいい。
「それはともかく、ずーっと引っ掛かってることがあるんだ」
「言ってみたまえ」
「ジェイ・ビーって奴のことだ」
「ほう?」
相槌を打ちながら、ロイが足を組む。ぎしりと椅子が軋み、軍靴の踵が床に擦れる微かな音がした。
「我々が潜入させていた工作員だ。勿論、コードネームだがな」
「デヴィッドがジェイ・ビーだったんじゃないのか」
「いいや」
すげなくロイは首を振った。
「別の人物だ。ジェイ・ビーはずっとデヴィッドに張り付いて、場合によってはアンディにも密着して、有用な情報を流してくれた。実に本当に優秀なアセット(情報資産)だった。しかも、デヴィッドを上手く誘導してハクロ少将の襲撃を実行させた」
現在、ジェイ・ビーは軍の保護の元、誰にも知られずに行方を晦ましている。次に会う時は、全くの別人として現れることだろう。
「そうか」
どこかほっとしたような、がっかりしたような顔で、エドワードが呟く。
「アルフォンスが言ってたんだ。ハボック少尉がデヴィッドの写真の裏の名前を読んで、『ジェイ・ビー』って呟いてたって。だから、俺はデヴィッドがジェイ・ビーかと思い込んじまったんだけど、どうやら違ってたみたいだ」
確か、アルフォンスは、こうも言っていたはずだった。
――兄さんにブラシ・パスして来た人物と夜訪ねて来た人のうちの一人は同じ人だったよ。もちろん、ジェイ・ビーって人とは違う人物なんだけど。
要するに、ブラシパスをして来た人物がデヴィッドだったとすれば、ジェイ・ビーでないというアルフォンスの台詞と矛盾する。が、前者をデヴィッド以外の人物とすれば、アルフォンスの台詞と矛盾しない。
簡単な二律背反だった。つまるところ、最初にブラシパスをして来た人物こそが、ジェイ・ビーだったのである。そして、それはデヴィッドではない。
「俺を騙そうとしたのか、ハボック少尉を使って」
「潜入員がどこにいるかを簡単にバラすわけにはいかないからな。こちらの思惑通り、君はちゃんと煙に撒かれてくれた。感謝するよ。お陰で、アンディ達もジェイ・ビーが誰なのか判らなかった。最期まで」
最期まで、と強調し、ロイはぞっとするような視線をエドワードに向けた。それは、これ以上この件には首を突っ込むな、という警告である。
「用心深いことで」
ふざけたようにエドワードはその話題から離れ、やがて諦めたように上掛けを引き寄せた。
「で、何でハクロ少将だったんだ」
「それは、青の団が失敗したことを――」
「いや、そっちじゃねーよ」
ロイの言葉を遮り、エドワードは眉を寄せた。
「元々、あんたが画策したんじゃないのか。ハクロ少将の襲撃。どうして、あのおっさんを狙うように仕向けたんだ」
それへ、ロイはしれっとして応えた。
「君のためだ」
「はぁ?」
わけが判らない。ついエドワードは間の抜けた反応をしてしまい、ロイの失笑を買った。
「つまりだね、私は間もなく中央へ招聘される。すると、東方司令部で君という国家錬金術師を管理する者がいなくなるだろう? 私自身が大総統府からの出先機関のようなものだからな。それがなくなるわけだから、君の立場が宙ぶらりんになってしまう。それで、臨時的に私の後任が君の面倒を見ることになりそうだったんだ」
そこまで聞けば、何となく判って来る。
「もしかして、あんたの後任ってのがハクロ少将なのか……?」
「察しがいいね」
にっこりとロイが微笑する。反対に、エドワードは血の気を引かせた。
「冗談じゃねー! 断固拒否する。絶対、絶対、ご免だっ」
「いいね。思った通りの反応だ。嬉しくなるよ」
ロイには、エドワードの拒絶の理由がよく判る。同じ錬金術師として。何が嫌かと言って、錬金術の何たるかをよく知りもしない者にあれこれ要求され、指図されることくらいやりにくいものはない。常人にできないことをやってのけるからと言って、錬金術は万能ではないのである。できることとできないことがある。その判断や見極めができない者が上官となればどうなるか。
想像するだに恐ろしい。
それでなくとも、エドワードは最年少で国家資格を取ったという有名人である。それを顎で使えるという特典を手にした輩が自意識やプライドを満足させるために、どれだけ白々しくも仰々しい行動をとるか、リアルすぎるほどリアルに想像できるだけにぞっとした。
もっとも、それだけでなく、自分が発掘した稀有な人材を横から取られるような事態は、ロイにとっては甚だ面白くなかった。独占欲もあるが、己れにしかエドワードのような、反抗的な跳ねっ返りは操縦できないという自負もある。
「まぁ、しかし、安心したまえ。今回、閣下は君の作った手榴弾を投げつけられて、あわや消し炭となるところだった。いくら脅迫されて作ったとはいえ、そんな物騒な前科者を自分の配下に置くのは遠慮するとのお言葉だ」
「そ、そうか……。じゃ、俺の管理者は誰になるんだ」
「私以外に誰がいる」
「へ?」
当然のように宣言され、しばらくエドワードは口を開けたまま呆けてしまった。
「えーと、それって、つまり……」
「報告書を提出に来るのが東方司令部ではなくて、次からは中央の軍司令部になったということだ。忘れずにちゃんと顔を出したまえ。返事は?」
「は、はぁ……」
「元気がないな。まぁ、仕方がない」
そう言うと、ロイは椅子から立ち上がり、エドワードに近づいた。手が伸ばされ、ふと顔を上げると、ごく間近にロイの唇が迫っていた。
「う……?」
疑問を感じる間もない。さっと掠めるようにロイはエドワードの唇を奪い、すぐに離れて行った。
「きっ、貴様、何しやがるっ」
「せいぜい養生したまえ。君の退院が決まったら、祝ってやろう。ちゃんとね。その時にこの続きをな」
「……っ」
エドワードの殴打しようとした右腕を寸でのところで躱すと、ロイはそのまま身を翻した。片手を上げて挨拶にすると、ドアへと向かう。
「もう二度とくるなっ」
というエドワードの罵声を背中に浴びて。が、笑い声さえたてて、ロイはドアの向こうへと姿を消した。
パタン、とドアが閉まり、そのとたん、エドワードはがっくりと脱力するのを感じた。と、同時に理解した。
これで、この件は終了したのである。舞台から役者が立ち去ってしまった寂寥感に見舞われ、何となくため息が漏れた。
「俺って、結局大佐に踊らされただけかよ」
いつぞや、アルフォンスが指摘したように。そう思うと悔しい。腹立たしい。もっとも、収穫はあった。いちいちロイの許可を取らなくてはならないが、これからはレベル二の資料を閲覧することができるのである。それを報酬と思えば、タダ働きしたという印象は薄れる。
「あとは、大佐の奢りで食いまくってやるか」
そう心に誓い、エドワードは大人しくベットに横たわった。いくら焦っても怪我は治癒しない。しばらくは大人しくしているしかあるまい。
2004,6,29 To be continued
お、終わらないっ! 何で終わらないっ? しかも、大佐の本懐がまだ遂げられてない☆ 要するに、次回でやっと終わりそうだということです。引いてしまってすみません。(^^ゞ
本文中、クルマの運転の描写が出てきますが、書いた後できづきました。これってオートマやんか……。鋼の時代にはさすがにそれはねーだろ☆ というわけで妹にマニュアル車の運転の仕方、要するにクラッチの操作方法を聞いたんですが、大した差はないか、と思い、そのままにしておきました。ノラですみません。ちなみに、私はマニュアル車、教習所で運転したっきりですので、もうハンドルを握るのは怖いです。(-_-;)