Black Card 9
カーディフ大佐がロイの執務室を訪れたのは、その翌日のことだった。
「ようこそ」
と、一応ロイは取り繕った外面のいい笑顔を見せてやった。もっとも、余計なことをするなとばかり、カーディフは脇に手挟んだ封筒を差し出して来た。
「ハクロ閣下がいらっしゃるのは明日だ。これは以前渡しておいた予定表の改正案だが、用意はどうなっているんだ」
「もちろん、できています」
階級は同じであるが、相手が一〇歳近くも年上のため、ロイは意識して敬語を使った。
「随行員は?」
「私とハボック少尉が勤めることになっています。予定ルートはこちらですね」
と、ロイは封筒の中身を確認すべく、二枚つづりになった書類を引き出した。きちんとスケジュールを書き込まれた一覧表はきれいにまとめられて整然としていた。
「無理のないように組んでおいた。私としても余りこちらに負担をかけるようなことはしたくないのでな」
それはありがたい、と素直にロイは思う。こんな業務外とも言える業務に駆り出されるのは迷惑以外の何ものでもない。さすがに同じ境遇のせいか、カーディフも斟酌したらしい。
「これでいけば、視察するのはこの東方司令部と、あと隷下の師団司令部ですね。第一四師団と第一五師団ですか。候補としては妥当なところです。ここからそう離れていないし、規模としても手頃ですね。今のところ、師団も連隊も駆り出されるような緊急事態は起こっていませんし」
「では、視察のルートはそれで承知してくれたと思っていいな」
「先方には私の方から連絡しておきました。視察だけならということで承諾は得ています。足はクルマでいいですか」
「ドライバーはこちらから連れて来る。そちらの人員を割くのはさすがに忍びないからな」
「ご配慮、感謝します」
できるだけ皮肉っぽく聞こえないよう、ロイは礼を言うと、細々とした打ち合わせをし、二日後に備えることとなった。
「全行程は三日か。まぁ、そんなところだな」
カーディフ大佐が退室した後、ロイはやれやれと言わんばかりに、受け取ったばかりの書類を机の上に投げ出した。
見れば見るほど腹立たしい。余計な仕事を増やしてくれるものだ、と思う。
が、しかし、いい機会をくれたとも思う。これで中央へ異動する際の絶好の置き土産ができた。
「細工は流々といったところか」
独白しながら、ロイはトレイの中に緊急のものがないか確認した後、東方司令部を後にした。
外で待ち合わせの約束があるから、とハボックに声をかけ、一人で外へと出て行くのを部下の何人かが見ていた。
手には何も持たず、手ぶらだった。
「どこへ行ったんですか」
前庭を突っ切り、玄関から出て行くロイの後ろ姿を横目にファルマンが問いかける。ハボックはすげなく首を振った。
「すぐ戻って来るそうだ。それ以上は聞いてねーな」
もっとも、推測はできる。恐らく、サンロードの例の花屋の近くだろう。まだ昼前ではあるが、あの女はまた姿を現わしているに違いない。
そして、あの青年も。
ジェイ・ビーというのは、記号かアルファベットを並べただけのような気がするが、本名だと言われればその通りなのだろう、とハボックは思った。コントラクトエージェントとしか聞いていないが、正式な地位も階級も知らない。この件が終われば、ロイが教えてくれることになっているが、情報部絡みなのは確かだった。
でなければ、わざわざ参謀本部員と接触したりしない。
埒もなく時間を過ごしていると、昼過ぎにロイは戻って来た。出かけた時と同じく、手ぶらで。
「留守の間に何かあったか」
そう問いかける上司に、ハボックが応えた。
「特には何も」
「では、そろそろ本格的に動こう。花屋の方は今晩中に抑えておくように。セシリアには別の部隊を差し向けるよう手配してくれ」
「エドワードは?」
「アンドリュー・リジアが直々に監禁しているそうだ。場所はここだ」
と、ロイは壁にかかった地図の上を指差した。
「見張りは一人だそうだから、そちらにはホークアイ中尉ともう一人差し向ける」
「了解」
「質問はあるか」
「中尉を寄越すということは、銃器使用と考えていいスか」
「そうだ」
「衛生兵の待機を要請しておきますよ」
「頼む」
短いやりとりの間に、明日の段取りがついて行く。ハクロ少将がこちらに来ると判った時点でこの計画は密かに進んでいたが、これで最終決定だった。
「師団司令部を回るルートはこちらで決めていいことになったんスか」
「当日の情況によりけりだ。だが、まぁ、概ねこちらの言い分を聞いてくれる約束になっている。何と言っても、ここは閣下にとってアウェーだからな」
ロイは地図を指先で辿りながらハボックに指示を出した。最短距離は避け、ルートは毎回変える。それを知っているのは自分とハボックのみ。
「ソードが襲撃して来るのは、恐らくこの辺りだろうから、それを踏まえて決定しよう。どこから手榴弾が投げ込まれてもいいようにしておくのがベストだが、そこまで人員は割けん。例の花屋の周辺に重点的に警戒しておくようにする。だいたい人が物を投げるには距離的な限界があるから、それを一定の範囲としてエリアを設定しよう」
「そこまではっきりした情報があるんスか」
驚くハボックに、ロイは頷いた。察するまでもなく、ジェイ・ビーからもたらされたものだろう。しかも、今日のうちに。
「もっと詳細なデータもあるぞ。しかし、それはおいおいだな」
と、ロイは意味ありげに言うと、カーディフが置いて行った書類を片付け始めた。
「明日に備えよう。朝から忙しくなるぞ。覚悟しておけ」
「判ってます」
ふざけたように了解を伝えると、ハボックはホークアイと打ち合わせるべく執務室を出て行った。
用意された手榴弾は五個、実行犯は三〜四人、見通しのいい通りに入ったところで襲撃される可能性が高い。
否、確実と言っていいだろう。似たような事件が数十年前にもあった。
テロリスト達は事前に大通りに店舗を構え、隠れ家的な拠点を作っておいた上で、そこを通りかかった要人に手製の爆弾を投げつけ、その殺害に成功したのである。
サンロードの花屋は、規模こそ違え、その条件に見合っていた。地理的な利点に加え、ロケーションを見遣った上でロイはここを危険地帯に指定し、監視を指示していた。その時点で、花屋の店舗を借りていたソードは重要参考の対象となっていたが、こうも早々と行動を起こしてくれるとは意外だった。もっとも、潜入していたジェイ・ビーの手柄でもある。
この仕事が終われば、名前を変え、素性を変え、しばらくは姿を消すことになっているが、その地位は保証され、功績も残される。
ただ、表には出てこない。公式の記録にも留められない。
例外を除いて。
それが、所謂「Black Card」だった。
Blackとは非公開のミッションを指し、それを採用することを、札を切るという意味に事寄せてCardと呼ぶ。
ロイにとっては今回のミッションが東方司令部での最後の大規模な仕事になる。それだけにミスは許せなかった。
「鋼のには悪いが、な」
そう一人ごちると、ロイはもう一度、情報部から借り出した人事データを読み返した。ジェイ・ビーの仮の名はコンラッドと言う。そろそろエドワードもその名前を耳にしている頃だろう。銀髪の、背の高い男だった。
睡眠と食事は充分与えられていた。ただ、足りないのは、外部の情報だけ。
そのような情況で、それでもエドワードは臆することもなく幽閉されたビルの中でさっさと作業を終わらせていた。
材料さえ揃えば、後は練成するのみ。
アンディ達の見守る中で、エドワードは胸の前で両手を打ち合わせ、苦もなく手榴弾を五個作製して見せた。
「すごいもんだな、錬金術ってのは。あっという間にできちまう。俺達が作ろうとしたら何日かかるか判らねぇ。軍が高額の報酬を出してまで雇いたがるわけだ」
「何とかの栽培方法よりはずっといいはずだぜ」
「そのようだな」
どうやらアンディは錬金術を自分の目で見たことがなかったらしい。それだけに、感心はしても今イチ懐疑的な目を向けていた。
「で、本当にこれは使えるんだろうな。不発弾なんてんじゃシャレになんねぇぞ」
安全ピンの辺りを撫でさするように触りながら、アンディは品定めをする。練成の腕を信用してないような言い方にムカっ腹は立ったが、エドワードにしても本物をじっくり観察したことはなく、いつかどこかで見た覚えのある構造図を思い出しながらの練成だった。万が一、爆発しなかったら国家資格が泣く。
「試したいのか」
わざと挑発的に言ってやると、アンディは待っていたとばかり乗って来た。
「ここから二〇qほど離れた場所にフィッツロークって土木会社が管理してる更地がある。そこなら多少ドンパチの音がしても騒ぐ奴はいねぇ。これからちょっと出かけてみねぇか」
「俺も行くのか」
「ちゃんと確認したいだろ」
「まぁな」
どこか心の内を読まれたような気がして冷や汗が出かかったが、何とかエドワードは平然として面を取り繕った。
「じゃ、決まりだ。クルマはすぐ近くに停めてある」
そう言うと、アンディは傍らに立つ青年を運転手に指定し、さっさと背を向けた。
「これが終われば、貴様は解放だ」
「そう願いたいね」
どこか投げやりにエドワードが独白する。が、アンディに聞こえたらしく、振り返ると殊更強調するように言った。
「貴様はソードの獲物だ。それ以上の興味はねぇよ」
本当だろうか、とエドワードは疑わしく思ったが、解放してくれるならこれほどありがたいことはない。取り敢えず、感謝するフリをしてやることにした。
「だったら、さっさとやって終わらせちまおうぜ。どうせ、あんたらの計画ってのは明日で終わりなんだろ」
「まぁな」
当初の目的は。しかし、名を売りたいテロリストグループがそれ一件だけですませるはずがない。更なる虚栄心を満たすため、新たな獲物を見つけ出し、狩り立てて狙い撃つに違いない。一度、流血沙汰の事件を起こしてしまうと、もう後戻りはできない。エスカレートしていくだけである。
そう言えば、自分達が拘束した青の団のバルドーは、己れが殺した男の血を舐めていたとロイから聞いたことがある。あそこまで凶暴で粗野な事件を引き起こす輩となると、すでに常人では考えられない次元へと踏み入っており、殺戮そのものに快感と陶酔を感じるようになってしまっているという。
忌々しくバルドーの調書に目を通していたロイの姿を思い出すと、何か妙な気分に陥った。たかが二日離れているだけであるのに、酷く遠くにいるような気がしたのである。もっとも、各地を旅しているため普段は会うことができない。
どういう錯覚なのか、と己れの感傷に呆れながら、エドワードはアンディに続いてビルを出た。エドワードの後ろにはもう一人青年がくっ付いていた。銀髪の背の高い男で、顔に見覚えはなかったが、向こうはエドワードを知っているらしく、監禁されている間、気安く声をかけてきた。どうやらソードのメンバーらしく、何度か様子を見に来たデヴィッドとも行動をともにしていた。
「ここだ」
と、やがてアンディが運転するバンが目的地に到着する。言われた通り三〇分ほど走った先のそこは、雑草がまばらに生えた結構な空き地だった。否、茫漠とした荒地と言っていい。余程売れなくて放置されているに違いない。
広さはざっと見て、数?だろうか。確かに、ここならば手榴弾の一つや二つが爆発しても誰も気付かないだろうし、弾片が飛び散っても文句を言う者はいない。
「それじゃ、やるぜ。ピンを抜いて約一五秒で爆発するから、思いっきり投げたら身を伏せろ」
そう言うとエドワードはアンディに手榴弾を手渡し、頭の部分にぶら下がったピンに指先をかけるよう促した。通常、手榴弾は着弾すれば上方へ向かって弾片を飛ばすため、三m以内に落ちて来た場合は脱兎の如く逃げるよりも地面に伏せていた方が被害を受けない。
元々、手榴弾は狭い場所――戦車の中や室内に投げ込んでその威力を発揮する武器である。広い場所で爆発させても余り効果は期待できない。
「よし、いくぞ」
ピシッ、と金属的な音がすると同時に、アンディが安全ピンを引き抜く。すかさずできるだけ遠くへと放り投げる。有効範囲の二〇mを超えれていれば、それでいい。
時を置かず、遠くで花火が打ち上がるような爆音が鳴り響き、眩い閃光が四方に走るのが見えた。
爆発の振動で地面がびりびりと揺れたが、すぐにそれは収まった。
「どうだ」
と、エドワードが爆音のした方を見遣る。
「なかなかだな」
言いながら着弾地点へとアンディは向かった。破壊されたものはないが、地面が焼け焦げ、鉄片が散らばっていた。
「確かに、これなら人一人くらい簡単に吹っ飛ぶだろう」
「じゃ、合格だな」
そのエドワードの台詞に、アンディが満足そうに頷く。
「いいだろう。これを明日、使ってやる。不足した分の一個を今晩中に用意できるか」
「もちろん」
返事したすぐ後、エドワードはずっと疑問だったことを口にした。
「殺るのは、ハクロ少将か」
「そうだ。言ってなかったか」
けろりとして応えるアンディに、ふと苦笑してしまう。すぐに嘘だと判る嘘をつくのは、エドワードをどうでもいい存在だと思っている証拠である。
これはやばい、と思う。生かしておくつもりなら、核になる部分をあけすけに口にしたりはしない。本当に解放してくれるのかどうか、怪しくなって来た。
もっとも、それならそれで、自力で脱出するまでである。伊達に各地を放浪して危ない目には遭っていない。頭の中で密かに段取りすべく、エドワードはここまでの道のりを思い出そうとした。恐らく、監禁場所のビルは東方司令部から大して離れてはいないだろう。
いや、その前に手榴弾を始末しておかなければいけない。いくら何でもテロリストに協力するなどできない相談だった。個人的な感情からも、軍属の身としても。
無論、ロイのためにも。
程なくクルマは元のビルへと辿り着き、エドワードはまた監禁状態に戻された。
補充分の練成はすぐに終わった。作業自体は簡単である。同じものを作ればいいだけであるため、構築式を新たに組む手間もなく、さほど時間はかからなかった。
「成る程、確かにいい腕だ」
と、夜になって様子を見に来たデヴィッドが手榴弾を手に、ためつ眇めつじろじろと眺め回してくれた。
「なぁ、あんたに聞こうと思ってたんだけど」
「何だ」
床に座り込んだエドワードの前に、デヴィッドが腰を降ろす。
「あんたはそれがちゃんと作動するって判るのか」
「勿論だ。こう見えても、俺は軍の技術学校に行ってたんだからな」
それでか、とエドワードは納得する。それなりの知識があったからこそ、サーモバリックの不完全さに納得してくれた。もしかすると、軍に在籍していた時期に開発計画を知ったのかもしれない。でなければ、機密事項を知ることなどできない。
「技術学校で、何を専攻してたんだ」
「火砲の設計だ、砲弾と砲身の。技術将校として任官してたんだがな、ちょっと上司と揉めて除隊しちまった」
「将校だったのか」
ということは、士官として隊付き勤務をしていたということである。それなりの身分保障をしてくれる軍をやめるとは、どういう不都合があったのだろう。
その疑問を読み取ったのか、デヴィッドが肩を竦めるように吐き捨てた。
「その上司って奴が最悪だった。俺が発案したアイデアを設計図ごと横からかっさらちまって、自分がやったように本部に報告したんだ。一度ならまだ許せるが、二度三度と続くとさすがに嫌気が差しちまう。転出希望を出したんだが、それも握り潰されちまったわけだ。どうやら、俺を飼い殺しにしていいとこ取りするつもりだったんだろう」
確かに、それは辛い。しかし、いくら腹が立つと言っても、いきなりテログループに転身というのは突飛過ぎないか。
「俺を一番高く買ってくれたのがパラメダインだったんだ。と言っても、最初はそこがテロ組織とは知らなかった。表向きは普通の建設会社だったからな。中に入ってびっくりってヤツだ」
「要するに、不可抗力で巻き込まれちまったってわけか」
思わず笑ってしまう。しかし、テロ組織がカモフラージュのために一般企業の体裁をとるのは珍しくない。そうとは知らずに入社してそのまま「兵士」にされてしまったという話は、エドワードとて聞いたことがないわけではなかった。
「まぁ、しかし、ここまで来たらもう足抜けはできないな。ソードにとことん付き合ってやるさ。俺が始めて任されたグループだからな」
「でも、あんたはナンバー二なんだろ。リーダーは誰なんだ」
その質問に、デヴィッドは困惑したように微笑った。
「後で教えてやるよ。別に今言ってやってもいいんだが、こういうのは明日の作戦が終わってからの方がいいだろ」
どういう言い訳なのかエドワードにはよく判らなかったが、聞くなということをわざわざ聞き出そうとすれば、あらぬ疑いをかけられる。
「もう一つ、聞いていいか」
「何だ」
「マスタング大佐とはどうやって知り合ったんだ」
「技術学校の卒業生が招集される研究所に視察に来た時、俺が案内役を勤めた。何が気に入ったのか知らないが、何度か呼び出されて仕事を手伝わされた」
押し付けられたんじゃないのか、と密かにエドワードは思う。こいつも手駒にされた口かと思うと、同情が湧いた。
が、それが顔に出たらしく、デヴィッドが先に口を開いた。
「お前も、大佐に手柄を横取りされないよう気をつけろよ。上司って奴はそのためにはどういう手段でも取る。いくらでも甘言で懐柔してくるし、宥めすかしも脅しもやってくれる。くれぐれも騙されないようにな」
それに対し、エドワードは沈黙するしかなかった。心当たりはありすぎるほどあった。僅かなエサで釣られているかもしれないという疑惑は常にあり、ロイの言動一つ一つについ反応してしまう。
だからこそ、とエドワードは思う。
ロイには全てを渡すことができない。身を任すことは危険だった。せいぜい手のかかる手駒でいるのが保身としては適当なところだろう。
「まぁ、身の上話はここまでだ。明日、俺は現場に行くが、お前はここでアンディ達と待機だ。無線で実況中継してやるから、花火が上がるのを待ってな」
そう言いながら、意図的に作ったらしい表情がそれを裏切っていた。どうやら、デヴィッドはハクロ少将の死を望んではいないようだった。
「信管、抜き取っておいてやろうか」
ぼそりと、呟くように囁くとデヴィッドは首を振った。
「いいや、ちゃんと爆発するようにしておいてくれ。失敗はできないんだ、ソードのためにも」
サーモバリックは使えなかったものの、青の団が失敗した要人暗殺を成功させれば、ソードのいい宣伝になる。それは判るが、どう考えても理不尽さの拭えないエドワードだった。
ロイは納得しているのだろうか。
が、いくら納得できまいができようが、事態は進行して行く。
釈然としないまま、デヴィッドが言ったように、翌日エドワードはビルの一室に篭り、無線で現場の様子を窺うこととなった。
「前みたいに、妨害電波にやられなけりゃいいんだがな」
そう危惧しながらもデヴィッドは仕上がった手榴弾を抱えて出かけ、室内にはアンディと無線を操作する青年が一人、残ることとなった。
デヴィッドは現場近くに停めたバンの中から様子を窺い、実行犯は通りから見えない場所に潜むことになっていた。無論、逃走経路はすでに確保している。
ハクロ少将の視察について、ずいぶんと正確な情報が入っているんだな、と不審に思わなかったわけではなかったが、そういう情報源もちゃんと確保しているのだろう、と思い、エドワードは欠伸を噛み殺した。
襲撃は、午後になってから。ハクロ少将が東方司令部から第一五師団へ向かう途上で行われることになっていた。
その時を待ちながら、徐々にメンバーに緊張感が募っていくのが感じられたが、しかし、捕縛もされていないエドワードは退屈そうに床に寝転がっていた。それへ、アンディが声をかけた。
「いい度胸だな、お前」
「まぁな。……しかし、その言葉はそっくりあんたに返すぜ。初日に襲撃するなんて、いい度胸だ」
「インパクトを狙ったらこういうことになっただけだ」
確かにそうだろう。成功するにしろ、未遂に終わるにしろ、出鼻を挫かれるという意味では効果的である。
尊大な態度を隠しもしないハクロ少将の慌てる姿が見られるならば、個人的には面白いと思う。間近で見れないのが残念だったが、音声のみで我慢するしかない。ロイが何らかの手を打ってくれるまで、ここでこうしているしかないのである。
自力での脱出を図ってもよかったのだが、恐らくはエドワードが囚われてしまうのもロイの計画の一部に組み込まれているだろう。それを乱すのはどうかと躊躇われた。積極的に協力してやりたいわけではないが、潜入した人員を二人も失ったという作戦を自分の身勝手でご破算にしてしまうのは、さすがに気が引けた。
腹を括ると、あとはロイからの合図を待つだけだった。もっとも、どういうサインが送られて来るのか、エドワードには見当もつかない。しかし、はっきりと判る形で知らせてくれるはずである。その辺は信用していた。
やがて、太陽が中天を過ぎ、人々が昼食に出る時刻、外はいい具合に晴れ上がっていた。無線の感度も良好で、ヘッドホンをつけている青年はずっと聞き耳を立てていた。
「おい、来たみたいだぞ」
と、青年がアンディを呼んだのは、それから幾許もしないうちだった。
「今どこだ」
「四丁目に入ったところだ。大通りを抜けて、サンロードの方へ入ってくれたら万々歳なんだがな」
不安交じりの台詞を吐きながらも、そちらへ行ってくれるのを確信しているように、エドワードには聞こえた。
床から立ち上がり、アンディと青年に近付くと、興味津々で次々と無線が拾う音に聞き入った。
確かにハクロ少将を乗せたクルマはサンロードへ入る角を曲がり、例の花屋の方へと向かっているようだった。先導車が一台おり、恐らくはそこにロイが乗車していると思われた。
ならば、ドライバーはハボック少尉か。そんなことまで想像できた。
「花屋まで、あと二〇〇mってとこだな。すぐ通り過ぎるぜ」
「しっかり決行しろと言ってやれ」
「了解」
青年が、アンディの言葉をそのまま伝える。すぐにデヴィッドから返事があり、準備は抜かりないとのことだった。
「まともに手榴弾を浴びれば、まず命はないな。クルマの窓は閉じているのか、開いているのか」
「……開いているそうだ」
「だったら、窓から投げ込んでやれ」
「無茶だ。相手は時速六〇qで疾走してる。そこまでコントロールのいい奴なんかいない。それに、通行人が邪魔だ。壁になってくれたらどうする」
もっともである。アンディが唸る。
「だったらエンジン部分、クルマのボンネットの辺りを狙え。少なくともクルマは停止する。ドライバーや警護の連中が飛び出して来てハクロが一人になったら、その時がチャンスだ」
予備の手榴弾をキャビンの中へ放り込めば、一瞬にしてハクロはお陀仏である。一人でズタズタになってくれるとは、何ともスマートな殺され方ではないか。
そんな成功映像を予測しながら無線を聞いていたアンディは、しかし、すぐに顔をしかめることとなる。ヘッドホンを装着していた青年が、いきなり耳を押さえて呻いたのである。
「どうした」
嫌な予感に取り付かれたアンディが声を荒げる。
が、聞かなくても判る。その情景はエドワードもつい最近目にしたばかりだった。
「妨害電波だ」
案の定と言うべきか、忌々しく青年がヘッドホンを外す。またもや違法電波を発する車両の通過である。耳障りなノイズしか聞こえてこない無線は、無用の長物と化してしまう。
ついてねぇな、と他人事のように思ったエドワードは、しかし、次の瞬間、床から立ち上がった。
「これか……っ」
ロイからの合図である。咄嗟の行動だった。
脱兎の如く、ドアへと駆け出そうとしたエドワードは、しかし、一瞬が遅かったようである。異変に気付いたアンディがエドワードに体当たりするや、その体を壁に突き飛ばし、怯んだところで抵抗を奪って拘束したのである。
「チクショウっ、離しやがれっ」
一応の体術は仕込まれていたが、力ずくで押さえこまれ、後ろ手に両手を捻り上げられてはどうしようもなかった。ぎりぎりと痛む腕に歯を食い縛るしかなく、硬い床に顔を押し付けられた格好で悪態をつくのが精一杯だった。
が、その我慢も数秒だった。
バン、といきなりドアが外から開いた。
はっと三人が顔を上げる。そこにはホークアイ中尉とファルマン准尉が立っていた。無論、手には銃を構えて。
その姿を認めるや、無線の前に座っていた青年が一発の銃声に右肩を打ち抜かれ、吹っ飛ぶように壁にぶつかった。サイレンサーがついているのか、大きな音はしなかったが、その威力は場の雰囲気を緊張させるのに充分だった。
がくりと青年が床に倒れ、動かなくなる。
重傷かどうか、見届けることもせず、問答無用でアンディはエドワードを立ち上がらせ、盾にするように前に押し出すと、脇のホルスターに突っ込んであった短銃を取り出した。その銃口がエドワードの頭に突きつけられる。
「銃を捨てろ、こいつの頭が吹っ飛んでもいいのかっ」
2004,6,22 To be continued
あと、1回か2回で終わりそうです。クライマックスというには、余りにも貧弱な運びとなり、一人反省しております。
さて、ここまで書いて、かなり頭が混乱してきました。前に書いたのを読み返しながらの入力は結構辛いものがありますが、それをやらないと、自分で設定した設定が思い出せないという、かなりな避けない状態です。(T_T)