Black Card 8
数人の男の怒鳴り合う声で、エドワードはうっすらと目を覚ました。ぎしりと何かが軋む音がして、両腕の手首に痛みが走った。動かそうにも動かせない。どうやら荒縄の類で後ろ手に縛られ、床に転がされているようだった。
コンクリートの床は冷たく、しかも、かなり埃が積もっており、酷く不快な臭いが鼻先を掠めた。まるで廃墟のような、何年も使われていない建物の中に放り込まれたらしい。
「……くそっ」
ドジった、と漠然と思う。ロイの冷ややかな笑みが脳裏を掠めたが、反射的にそれを追い払うと、エドワードは情況を把握すべくずきずきと痛む頭を軽く振った。ぐっと吐き気が込み上げて来たが、何とか堪えて顔を上げると、声のする方を見遣った。
そこにいたのは三人の男だったが、どの顔にも見覚えがあった。三人のうちの二人は以前にもエドワードを尾行していた男、あとの一人は、デヴィッドだった。
「ここまで来て横取りするつもりか」
と、デヴィッドが明らかに不満の声を上げ、それがエドワードの殴られた頭に響く。仲違いしているのはすぐ察せられたが、何が原因なのかはよく判らなかった。否、何を言い争っているのか把握するより先に、頭痛で気分が悪くなる。
「横取りって言い方はいただけねぇな。こいつをちょっとばかり貸してくれって言ってるんだ。用が済んだら、ちゃんと返してやるぜ」
と、頬に傷のある男が手にしていた書類を翳して見せる。よく見るまでもなく、エドワードが司令部から持ち出したサーモバリックの報告書だった。そういえば、ソードにはパラメダインから派遣されている者がいると言われていたのを思い出す。この男がそうなのだろうか。とすれば、意見の衝突もあるだろう。
「冗談言うな。それは俺達が手に入れたんだ」
男の言い分に、デヴィッドが首を振る。
「貴様らの魂胆は判ってるぞ。そいつをパラメダインの倉庫に保管しておきたいんだろ。いや、売るつもりだな。そんなことはさせない」
「何故だ。こいつが手元にあるってだけで、俺達に迂闊に手を出そうって連中はいなくなる。媚売って寄って来るぜ。お前だってそれが狙いで手に入れようとしたんだろ」
「そういうものだからこそ、手放せないんだ。さっき説明しただろ。サーモバリックは欠陥品だ。使えない」
「だが、こけ脅しにはなる。……なぁ、よく考えろよ。こいつを欲しがってる連中は山ほどいるんだぜ。いくらでも吹っかけてやれる。ガセだって食いつくだろうよ。もっと利口になれなれって」
男の猫なで声に、しかし、デヴィッドは納得しなかった。
「ハクづけや金儲けのために手に入れたんじゃないんだ、それは」
「じゃ、何だよ」
挑発するような質問に、デヴィッドは男を睨みつけた。聞いていただけのエドワードは、うっすらとその理由が掴めていた。
要するに、デヴィッドは自分からサーモバリックのデータを取り上げられたら、パラメダインと取り引きするものがなくなると思っているのである。ソードのような吸収されてしまう弱小グループにとって、自分を有利な条件で遇してもらうにはそれ相応の土産が必要だった。それがサーモバリックだったというのに、失くしてしまっては最悪の場合、用済みとして始末される恐れがある。
高強度の兵器は、敵対する勢力への著しい牽制になるが、それはテロリスト同士の関係においても同じだった。隙を見せれば、足元を掬われかねないのはこの世界の倣いである。
が、デヴィッドはそれとは全く別の釈明をした。
「今回の襲撃は俺達に全面的に任されることになってたはずだぞ。それに嘴を入れられるのはルール違反じゃないか」
「ルール違反だと?」
驚いたように、おどけたように、男が肩を竦める。
「何を青臭いこと言ってんだ。事情が変わった。それだけだぜ。こういうのは臨機応変にやらなきゃな」
「じゃ、どうあってもそれを持って行くってんだな」
「こいつがなくても襲撃はできるだろ。青の団の失敗を取り返すことができりゃそれでいいんだからな。何も条件はつけてねぇんだしよ」
青の団の失敗、と聞いてエドワードはだんだん事態が飲み込めて来た。ロイが危惧していたように、確かにソードは穏やかならざる計画を立てていたのである。性懲りもせずに、先のトレインジャックのような事件を引き起こすつもりなのだろう。そして、それにサーモバリックが使用される。さぞや豪快な花火が上がるに違いない。
取り敢えず、ここまで聞けば、充分である。
「おい」
何とか上半身を起こし、エドワードは三人に呼びかけた。が、怒鳴り合いに夢中で気が付かなかったらしく、誰もこちらを向かなかった。
「……っ」
チッと舌打ちすると、エドワードは出来うる限りの怒号を浴びせた。
「おい、いい加減にしやがれっ。手、解けよっ。いつまで俺をこんなところに転がしとくつもりだ」
ドスのきいた、とは言い難いが、人一倍声量のある甲高い少年の声に三人の男がいっせいにこちらを向いた。
「何だ、お目覚めか」
頬に傷のある男が凄みのある声で応え、エドワードに近付くと片膝をついて顔を覗き込んだ。いきなり殴られたりはしないだろうが、充分そのような物騒な気配をまといつかせ、男が口を開く。
「俺はアンディってんだ。覚えときな。早速だが、ちょっと俺達と一緒に来てもらいたい。なーに、そう遠くじゃない。トラックで半日走れば到着する」
「よせと言ってるだろ。こいつにはサーモバリックを作ってもらう。連れて行かれちゃ困るんだ。あんたらだって、同じことを繰り返したいわけじゃないだろ」
「時間はまだある。ちょっと散歩してもらうと言ってるだけだぜ。それくらいいいだろ」
「約束が違うと言ってる。あんたらはオブザーバーに徹することになっていたはずだ。今更引き渡せと言われてもできないものはできない」
またもや始まった口論に、エドワードは苦虫を噛み潰した。ただでさえ頭ががんがんして吐きそうなのである。眩暈すらして、ぶん殴ってやりたくなった。この腕さえ自由になればこんな奴ら「へ」でもないのに。
「サーモバリックが欲しいのか」
と、ぶっきらぼうにエドワードが問いかける。それへ、デヴィッドが一瞥をくれた。
「黙ってろ」
「言ってやればいいじゃん。あれは今のところ、焼夷手榴弾程度の威力しかないって」
「何だとっ」
ぎょっとしたように、アンディがエドワードを睨みつける。どうやら、そこまでデヴィッドは説明してなかったらしい。
「その設計図通りに作成したら、威力はそんなもんだ。手榴弾の方が扱いやすい分、まだいいくらいだぜ。それ以上の効果を求めようとしたら、有効範囲が設定できなくなって辺り一面焼け野原になっちまう。ターゲットと心中したいってのなら、俺は止めないけどな」
「それは本当か」
「大佐の報告書、見たんだろ」
どこまであの難解な構築式や化学式、専門用語の羅列を解読できたのかは知らないが、ダメ押しで言ってやると、さすがにアンディは困惑したように傍らの男を呼んで何事が相談し始めた。
「デヴィッド、これ、解いてくれよ。俺、逃げたりしねーから」
「本当だろうな」
からかうように、しかし、デヴィッドはエドワードに近付くと縄を解いてくれた。
「あー、いってぇ。ずいぶんときつく縛ってくれたな」
両手をぶんぶんと乱暴に振って痺れと痛みを発散させていると、不意にデヴィッドが耳元で囁いてきた。
「サーモバリックの代替品があると言ってくれ。それで切り抜けよう」
「……?」
怪訝な顔をするエドワードに、デヴィッドが再度囁く。
「安心しろ、ちゃんと大佐の下へ返してやる」
大佐というのは、ロイのことだろうか。戸惑うエドワードに、デヴィッドはにやっと笑うと、ぽんと肩を叩いた。
とたん、エドワードは理解した。
ロイがつけたという見張り。まさか、デヴィッドがそうなのだろうか。
つい、青年の顔を見返したエドワードは、しかし、すぐにそれを否定した。いくら何でもロイが目をつけたテログループのナンバー二が軍の潜入要員であるはずがない。しかも、ロイからの尾行を撒いてくれたのは当のデヴィッドである。
が、しかし、とも思う。策士のロイのことである。思いも寄らないフェイントが仕掛けられていてもおかしくない。
どう判断すべきか、逡巡しているうちにアンディ達の話は終わったようだった。
「よーし、判った。それじゃこうしようぜ。サーモバリックの構造は判った。これは俺達がもらう。その代わり、今回の計画は当初の通りソードがやる」
「おい、勝手なことを言うな」
それでは何の解決にもなっていない、とデヴィッドは再び食ってかかった。威力が今イチでもサーモバリックには違いない。ネームバリューだけでも充分ブローカーの興味は引くという判断なのだろうが、これではソードに旨味がない。パラメダインがいいとこ取りである。またもや始まりそうな口論にエドワードはさすがにキレた。
「いい加減にしろよ。サーモバリックのデータが欲しけりゃ勝手に持ってけ。どうせ、それは使いもんにならないんだからな」
「何だと」
「さっきからダメだって言ってんだろうが。見る奴が見りゃ、すぐに判るぜ」
弾頭の構造上の問題、液体爆薬の取り扱いの難しさなどを考慮に入れれば、気軽に持ち歩けるシロモノではない。が、それ以前の問題で売り物にはならない、とエドワードは言い切った。
「どういうことだ」
「設計図が完全じゃないって言ってんだ」
「何っ」
慌てたように、アンディが報告書を弄る。しかし、やはりそちらの知識がないのだろう、すぐに文面から顔を上げた。
「完全じゃないものを軍じゃ通用させてるのか。俺が知ってる限り、こういうのは完璧を期していたはずだ」
その口吻に、アンディが軍の関係者であったことをエドワードは確信した。こいつもまた何らかの不祥事を起こして軍に背を向けた輩なのである。
ため息をつきながらエドワードは説明した。
「こういう機密事項の詳細をそう簡単に表に出せるかよ。それに、いくら丁寧に注釈を入れたって専門的な分野ってのは理解できねー奴にはできねー。早い話、猫に小判だ。報告書ってのは、技術者や専門家だけが見るんじゃなくて、許認可するお偉いさんが見るもんだろ。そいつらにこの手の知識があればいいけど、ない場合は盲判になっちまう。だから、誰にでも判るように簡略化して報告書に上げられるんだ。つまり、作製に必要な重要部分は記載されてねーってこった」
「それじゃ、これは……」
「オモチャの設計図だとでも思っとけばいい」
素っ気なく、エドワードは言い捨てた。研究所で専門分野の所員が閲覧する書類ならばともかく、技術的な知識のない軍人が、しかも複数の者が目にする報告書や稟議書に、開発中の兵器の詳細をいちいち記載することは、まずない。機密漏洩の端緒になることもあり、その取り扱いにはそれなりのマニュアルがある。その作業に携わったことのない者には知られていない文書管理の要諦だった。
「オモチャだと?」
とても信じられない、と言いたげなアンディに、エドワードは大仰に肩を竦めて見せた。
「報告書の通りに作っても、サーモバリックは作れねーよ。いや、作ってる最中に暴発するかもな。目の前で焼夷弾が爆発する経験でもしたいのか。全身大火傷であの世行き確実だ」
「冗談じゃねぇ」
色をなして、アンディが吐き捨てる。実際、テロリストが自力で兵器を開発しようとして実験中に事故を起こし、何人もの死傷者を出したという事件は珍しくない。安全装置のついた投擲弾ですら、ちょっとした取り扱いのミスで家一軒が全焼する。
「貴様、デタラメを言ってんじゃねぇのか」
「嘘だと思うなら、デヴィッドに聞いてみろよ。そいつで不満なら、危険物取り扱い甲種の免許持ってる奴にいくらでも聞けばいい。同じ答しか返ってこねーぜ」
「マジかよ……」
書面を睨みつけるアンディに、呆れたようにエドワードが付け足す。
「結論から言えば、骨折り損のくたびれもうけってこった」
が、しかし、アンディは諦めが悪かった。否、コンティンジェンシープランを知っていた。これがダメならあれ、あれがダメならこれ、という代替案を考えるのに長けているらしく、すぐに気を取り直したようだった。
「だったら、貴様のお勧めはあるか。サーモバリックに匹敵するような武器、いや、兵器が」
「俺にそんなもんを作れってのかよ」
「できるんだろ」
アンディがエドワードの顎を掴み上げ、確認を迫るように言う。できない、などとは言わせない口吻に、先に口を開いたのはデヴィッドだった。
「そいつの専門分野は生体関連だ。武器開発なんかができないぜ」
「ちゃんとやってたじゃないか、これを」
と、アンディは紙屑とも言うべき報告書を掲げて見せた。確かに、専門外でも手をつけられるくらいの知識がエドワードにはあった。でなければ、ロイとてそう簡単にレベル二に属するサーモバリックの研究書を渡したりはしない。
「何を作れってんだ」
アンディの手を振り払い、エドワードが苛立たしげに問う。それへアンディは用意したように言った。
「さっき言ってたな、手榴弾はつくれるか」
「どういうタイプのだ。スタングレネードか。それとも、オーソドックスに榴弾みたいなヤツか」
「榴弾の方だ」
こともなげにアンディは言った。スタングレネードは、音響炸裂弾と呼ばれる。激しい音と光で半径約二〇m以内の人間を無抵抗にする、言わば、暴動鎮圧用の武器だった。人間の生体的な反射を利用したもので、一時的に視力を奪い、体を麻痺させて動けなくする。胎児のように四肢を丸める者もいるという。
が、相手を無傷で捕獲するスタングレネードに対し、榴弾は炸裂した時点で弾片が四散し、周囲の者を傷つける。破片は肉を切り裂き、骨にまで食い込む。その威力は、ものによっては戦車の装甲をも貫通するが、普通、手榴弾は対人用で、爆風で人を吹き飛ばし、弾片を撒き散らすことで殺傷効果を発揮する。有効範囲は一〇〜二〇m。
ちなみに、弾片ではなく炸裂と同時に発火するものを焼夷手榴弾という。これを浴びれば一瞬にしてターゲットは炎に包まれる。
「何が必要だ」
それらを製作するのに。
アンディの問いかけに、ちらりとエドワードはデヴィッドを見遣った。
「……」
無言で、デヴィッドが頷く仕種をする。その意を受け、エドワードは言った。
「トリニトロフェノール(黄色火薬)かトリニトロトルエン(茶褐火薬)は手に入るか。それと、鉄パイプとアンプル瓶」
「トリニトロフェノールは難しいな。完全な軍用だし、かなり敏感で扱いにくいからな。どうしてもというのなら石炭酸から硝化精製するしかないが、どうする? TNTならすぐ手に入ると思うが」
「TNTの方がいいだろ。燃焼率は多少劣るが、安定しているからな。普通に工業用として作られてるから調達もしやすい」
「そうだな」
TNT火薬といえば、鉱山や建設現場で爆破に使用されるダイナマイトの主成分である。箱型に固めたものをナイフで切っても大丈夫なため、持ち運びに便利で信頼性も高かった。
「信管はいるか」
「こっちで作る」
ここまで話が進むと、後はルートに乗ったようなものだった。アンディは大雑把な打ち合わせをもう一人の男とした後、そのまま見張りに置き、室を出て行った。
「それじゃ、俺も戻るぜ」
と、デヴィッドが言う。
「襲撃の日が来たら教えてやる。それまでに作っておいてくれ。襲撃が成功したら解放してやるから、心配するな」
「襲撃ってのは、何をするんだ」
「そのうち、教えてやるよ」
「目的が判らなきゃ、こっちも希望通りのものが作れねーよ。見当違いのもんができちまってもいいのか」
「それは困るな」
思案するようにデヴィッドが顎を撫でる。が、すぐに結論は出たらしい。身を屈めると、エドワードの耳元に囁いた。
「お偉いさんの暗殺だ」
それはパラメダインの得意技でもある。ソードは、どうやらその路線を踏襲するようだった。
そして、それと同時に脳裏に思い浮かんだのは、ロイが忌々しく執務室から追い出していたカーディフ大佐の顔だった。
何となく、ことの次第が判って来たような気がする。
様々な店舗が並ぶ、賑やかな通り。その一つがテロリストの隠れ家。通りかかる要人の車。手榴弾がいくつか。
かつて、そのような条件下で行われた暗殺事件があった。
殺されたのは、確か……。と、そこまで考えて、エドワードは嘆息した。
「要するに、そういうことか」
返答を期待していたわけではなかったが、独白するエドワードに、デヴィッドはにやりと笑っただけだった。
どうやら、当たりらしい。
「まずったな」
「何がだ」
「弟に連絡するのを忘れた」
連絡が途切れると殊更心配するばかりでなく、自力で探そうとするアルフォンスの性格を知らないわけではない。下手に動いて事態を掻き乱すことはないだろうが、ロイの邪魔をしてくれるな、と心の中で願った。
が、しかし、果たして、エドワードが戻って来ない、とアルフォンスが東方司令部に慌しく駆け込んで来たのは、その日の夕方のことだった。
「鋼のが?」
と、ロイは執務室で難しい顔をした。
「拉致されちまいましたかね」
傍らに立つハボックが茶化すように言う。それへ、アルフォンスはぎょっとした。
「いったい、何があったんですか。兄さんは後で説明してやるって言うばかりで何も僕には詳しいことを言ってくれない。軍の機密が含まれてるというのは判りますが、危険なことに首を突っ込んでいるなら、フォローしたいんです」
「君の懸念はよく判るが……」
「判っているのなら、尚更じゃないですか」
「今は推移を見守るしかないんだ。もうちょっと待ってくれ。恐らく、鋼のが危害を加えられたり、殺されたりはしないはずだから」
「本当ですか」
確認するというよりも、疑惑に満ちた口調だった。無理もない。今回の件は殆どアルフォンスに情報が渡っていない。さすがに、いくら聡明な頭脳の持ち主でも事情が不明ではなす術もなく、単に信じろと言われても躊躇してしまう。ましてや、普段エドワードが毛嫌いしているロイに関わることである。どう割り引いても好意的に見ることができなかった。
理不尽と言われようが、アルフォンスは額面通り大人しく待つことなどできない、と思った。
「推移を見守るというのは、どういうことですか」
ロイの執務机に近寄り、アルフォンスが問い質す。それをハボックが押し留めた。
「まぁまぁ、そう焦るなよ。エドと連絡が取れなくなってまだ数時間だろ。けろっとして戻って来るかもしれないじゃないか」
「だけど、電話で話した時の様子は尋常じゃなかった」
「そうなのか」
ふと気を引かれたようにロイが身を乗り出す。二人が何らかの情報交換をしていたとは初耳である。
「はい、朝、ハボック少尉に見せられた写真の中に、見覚えのある顔があったんです」
どこか悔しげに、それでもアルフォンスはエドワードとのやり取りを説明した。頬に傷のある男、と聞いてロイとハボックは顔を見合わせた。
「どうかしたんですか」
「いや、その男は、今、最優先で行方を追っている人物なのだよ。G指令が出ている」
「G指令って、何です」
「見つけ次第殺せってヤツだ。言い訳も何も聞く必要はない、ホールドアップしていても、誰かを人質に取っていても、問答無用で殺せ。……そういう指令だ」
ハボックの説明にアルフォンスが戸惑う。それは事実上の死刑宣告である。単なる銃殺許可よりも更に重く、残酷だった。
「ホールドアップしていても、ですか?」
「そうだ。奴は、すでに一〇人以上殺している。駅ビルの爆破未遂にも関わっているし、三件の要人暗殺にも主導的役割を果たしたと目されている。これ以上生かしておけないんだ。生きたまま捕縛して刑務所に入れれば、今度はそれを解放しろと言って、君達が遭遇したようなトレインジャックが起こってしまう可能性が非常に高い。だから、事前にそれを封じるためにも殺害しておかなければならないんだ。これは、予防措置だよ」
「そんな……」
「人道的に不適切だ、とは言わせない。テロリズムをストップさせようと思ったら、それくらいの強硬手段を取らなくてはならないんだ。決して連中の言いなりにはならない、という基本コンセプトと一緒に、絶対にテロリストを許さないという態度が必要不可欠なんだよ。だから、連中に家族がいようと、未成年だろうと、或いは、無抵抗だろうと容赦はしない」
その辺りのマインドセットは非情の一言に尽きる。しかし、こちらが温情的な態度を見せれば、付けこまれるだけなのである。その隙がないと判れば、テロリスト達も引っ込む。
「それで、兄さんは……」
「最悪、アンドリュー・リジアに捕まっただろうな」
「困りましたね」
本当に困っているのか、と聞き返したくなるようなのんびりした口調でハボックが付け足す。
「だが、まぁ、安心しろよ、大佐の言った通り、殺されるようなことはないからな」
「本当ですか」
「賭けるか」
けろっとした口吻に、アルフォンスは憮然とした。とてもではないが、そんな気分にはなれない。が、これ以上、自分がここで駄々を捏ねていてもどうにもならないということも飲み込めてきた。
「判りました。宿で待機してます」
踵を返すアルフォンスに、ロイが声をかける。
「何か連絡が入ったら一番に君に知らせるよ」
「お願いします」
礼儀正しく、アルフォンスは一礼するとロイの執務室を出て行った。
「大人しく引っ込むと思うかね」
と、アルフォンスの足音が聞こえなくなってからロイが言った。
「そんなタマじゃないでしょう。しかし、見張りをつけるまでもないと思いますね」
「何故だ」
「行き着く先は同じだからスよ」
「そうだな」
アルフォンスがどういう行動をとるかはさておき、エドワードの方でもそろそろデヴィッドに襲撃計画の内容を知らされている頃だろう。決行に向かって動いているのなら、双方の会する場所は決まっていた。
「ハクロ少将がこちらを視察に来るのは、いつだったかね」
「二日後です」
「では、それまで鋼のは無事だということだ」
利用価値がある限り。そう含みを持たせ、ロイは椅子から立ち上がった。
「あとは上手くジェイ・ビーが誘導してくれるだろう。問題は、鋼のがこの結末に納得してくれるかどうかだな」
もっとも、納得してもらわなければならない。でなければ今回の計画は終結しないし、ロイの思惑も結実しない。
2004,6,11 To be continued
ずいぶんとご無沙汰してました。サイトと同人誌、両立させるのって、難しいんですね。つくづく実感しました。しかし、放置するわけにはいかないので、ちゃんと書きますとも。ロイが本懐を遂げるまで。(ノ^^)ノ